天理時報2024年2月14日号3面
【信仰の基礎を築くために – 少年会】少年会(田邊大治委員長)の年頭幹部会は1月27日、第2食堂で行われ、直属・教区団の団長や支部育成委員長らが参集した。今年の活動方針は、昨年に引き続き、「教祖のひながたを目標に教えを実践し、子供に信仰のありがたさを伝えよう」。重点項目に「子供に教祖のお話をしよう」「教会おとまり会、教会こども会を実施しよう」「地域で少年会ひのきしんを実施しよう」の三つを挙げている。年頭幹部会の席上、少年会長である真柱様のメッセージを、少年会相談役の高橋道一本部員が代読した。その中で、道を通る人とは、道専務であろうとなかろうと、その人の心に常に親神様の思召があり、教祖のひながたを目標として、日々、親神様のご守護を身に感じてお礼申し上げ、心明るく勇んだ毎日を通ることを心しながら暮らしている人であると、あらためて示された。そのうえで、「お道の人としての基礎を、子供の時分からつくっていくのが少年会である」と指摘。成長する子供への関わりを農作業にたとえたうえで、子供たちには、子供なりにも道の教えを正しく知ることはもちろん、早いうちから親神様・教祖のご守護を素直に感じ取る感性を養ってほしいと述べられた。さらに、人間創造に込められた親神様の思召と教祖の心尽くしのお仕込みについて諄々と諭され、しっかりした信仰の基礎を子供たちの中に築くためにも、先に道を歩く者が、日ごろから親神様・教祖の親心を求めて生きることを心がけ、成ってくる姿にたんのうの心を治める努力をしながら、自分の信仰をより深め、親心に近づく修練を重ねていただきたいと求められた。最後に、「この道の初め、教祖が何も分からない人間を相手に、親神様のお心を身に表されて人々を育て続けられたように、皆さん方の信仰信念と育成への情熱をもって、子供たちを導いてくれることを」と願われた。鼓笛活動70年の節目この後、田邊委員長が活動方針と重点項目について説明した。その中で、今年、活動開始から70年の節目を迎えた鼓笛活動の歩みと役割に言及。コロナ禍の影響で活動が止まっている隊も少なくない現状を踏まえ、節目の年となる今年は、失ったものを少しでも取り戻せるよう努めていくとして、年間を通して鼓笛に関するさまざまな行事や活動を行う旨を発表した。その一環として、今年4月から「ちょっと! パッと!鼓笛勉強会」、5月25日に第2食堂で「鼓笛活動70年のつどい」、12月1日に陽気ホールで「鼓笛70年ミュージックフェア」を開催する。なお、7月27日から8月4日にかけて開催される立教187年「こどもおぢばがえり」の要項は、3月団長会の席上で発表される予定。, 【涙と背中合わせの「微笑み」- 視点】いまや駅や空港、観光地はインバウンド効果なのか訪日外国人でにぎやかだ。国が変われば習俗、習慣などの文化も異なる。日本は外国人にどう見えているのだろう。訪日外国人にとって不可解なものの一つに、日本人の微笑があると聞く。120年前、ラフカディオ・ハーンは「日本人の微笑ほどわれわれ西洋人を驚かせ、奇異で不可解な気分にさせるものはない」と随筆『日本人の微笑』に書いた。つらいことや苦しいことがあっても微笑を絶やさない日本人。その不可解さは、当時の外国人には「不真面目さ」と受け取られたという。ハーンは40歳で記者として来日。日本に惚れ込み、1896年に小泉八雲と改名した。先の著作では、微笑に潜む日本人の深層心理を解き明かしている。ある母親の挿話がある。「初生児を失った母が葬式のときにどれほど烈しく泣いても、奉公していれば、微笑みをもってその不幸を話すだろう」と紹介し、ハーンは「こんなつまらないことにお心を悩まさないでください」という礼儀正しさと捉えた。どんな状況でも自分が取り乱しては相手に気を使わせる。その礼儀正しさは、わが悲しみで相手の心を煩わせまいとする慎みであり、日本人の美徳であると解した。笑顔、微笑みは、国や人種を超えて誰もが当たり前に持つ感情表現である。しかし心は多面的で、陽の当たる面を見るだけでは、陰になる面には気づかない。人には喜びに満ちた微笑みもあれば、微笑みをまとった悲しみもある。内に秘めた心の言葉は、深く寄り添うことで、ようやく聴こえてくるものかもしれない。いま、それは「令和6年能登半島地震」の被災に苦しむ人々にもいえよう。被災地では多くの人々が家族はもとより、仕事や家を失った。テレビ報道で、被災者が「大丈夫、頑張んなきゃ」と笑顔で話す場面を見る。その微笑みは、ハーンの言う涙と背中合わせなのかもしれない。聞く側が「大丈夫」の言葉と笑顔に安堵することで、心の奥底にある痛みに気づかないこともある。被災の甚大さを思うと復興への道は長いだろう。本教では、災害救援ひのきしん隊が出動して被災者に親身に寄り添い、世界の教友はおつとめで治まりを願う。それが復興の曙光になることを信じて。(加藤)