天理時報2023年6月14日号3面
【不慮の事故でふさぎ込む息子 – 人生相談】Q. 先月、陸上部に所属する高校生の息子が交通事故に遭いました。医師からは「今後、走ることが難しくなる」と言われ、ショックを受けてふさぎ込んでいます。なんとか前を向いてほしいのですが、どう接すればいいか分かりません。(40代女性)A. 人が大きな困難に出合い、それを受け入れ、日常を取り戻すまでには、概ね以下の五つの段階があるといわれています。1段階目は、何が起こったのかを認識ができない「ショック期」、2段階目は、現実を否定する「否定期」、3段階目は、困難の前に戻る駆け引きを行う「バーゲン期」、4段階目は、希望を失う「悲嘆期」、5段階目は、困難を受け入れ、努力し始める「受容と努力期」です。各段階への移行は、事例によって数カ月から数年が必要とされ、心の葛藤を伴って進んでいきます。ケアする人の留意点の基本は、本人のいまの気持ちを認め、日常生活を大切にすること。朝の声かけや食事、就寝など、特別なことではなく、いつもの日課が同じように繰り返されることで、困難はあっても日常に変わりはないと徐々に思えるようになり、心の葛藤と向き合い、ありのままの自分を受け入れる準備ができてきます。一方、本人の心の葛藤に寄り添い、伴走するあなた自身の心身のケアも大切にしてください。規則正しい生活、疲れたら早めに休む、適度な気晴らしや余暇など、健康的に毎日を過ごしましょう。時旬を思うとき、教会日参ができれば、心の健康を保ちやすいでしょう。教祖140年祭を迎える日、さらに陽気ぐらしに近づくご守護を頂かれることをお祈りしています。回答者:堀健一(家庭支援プログラムアドバイザー・晃栄理布教所長), 【“音楽の調べ”順次再開へ – 天理教音楽研究会の演奏会】初夏の親里に響く“音楽の調べ”――。コロナ下で中止を余儀なくされた天理教音楽研究会主催の演奏会が順次、再開された。第53回「弦楽教室演奏会」は5月14日、第46回「雅楽一手一つ」は5月28日、第60回「歌う一手一つ」は6月4日に行われ、それぞれ演奏が披露された。第53回「弦楽教室演奏会」「弦楽教室演奏会」は天理市民会館で開催。弦楽教室へ通う小学校1年生から高校3年生までの24人と、修了生1人が出演した。華やかな衣装をまとい、ステージに立った生徒たちは、モーツァルトやメンデルスゾーンなどクラシックの名曲に挑戦。バイオリンをはじめ、チェロやコントラバスなど、さまざまな弦の音色を情緒豊かに響かせた。第46回「雅楽一手一つ」陽気ホールで開かれた「雅楽一手一つ」のステージには、教区や天理高校雅楽部など6団体、計87人が出演した。演奏会は、愛知教区雅楽部「雅音会」による管絃・盤渉調『千秋楽』で幕開け。この後、各団体が管絃や舞楽を相次いで披露し、雅やかな音色を奏でた。第60回「歌う一手一つ」60回の節目を迎えた「歌う一手一つ」。管内学校や各直属・教区の合唱団など18団体、総勢429人の出演者が、会場となった天理市民会館に一手一つのハーモニーを響かせた。ステージの締めくくりは、出演者と、来年6月に開催が予定されている、おうた演奏会大阪公演に出演する「おうた特別合唱団」のメンバー31人を交えての合同合唱。一同は、おうた12番交声曲『ひながたの道』より第5章「存命の守護」を一手一つに歌い上げた。, 【「結晶性知能」を発揮しよう – 視点】歳を重ねると、誰もが自らの認知機能の低下に気づく。「物忘れが多くなった」「咄嗟の判断がしにくい」など、困った症状が増えてくる。恥ずかしながら筆者にも、こんなことがあった。腕時計を捜していて、なかなか見つからない。ふと、セーターの袖をめくると右手に着けていた。いつも左手に着けるので右手は見逃していたのだ。しかし、昔のことはあまり忘れない。ある場所で、子供のころの楽しかった思い出が次々に浮かんできて、懐古的な感傷に浸ったこともある。心理学では、加齢による知能の変化を「流動性知能」と「結晶性知能」に分けて説明する。流動性知能とは、新しい情報を学習して、素早く処理・応用する能力である。記憶力・計算力・集中力などが該当し、生まれ持った素質なので個人差がある。そして20代をピークに、加齢とともに落ちていく。だから中年期になると、なかなか新しいことが覚えられないのだ。一方、結晶性知能とは、学習や経験を生活の中で獲得した知能である。言語力や判断力、洞察力、また創造力が当てはまる。つまり人生経験が蓄積して結晶化した知恵である。それは、60代をピークに80代まで持続する。また、生活の場で発揮しつつ、さらに高めることも可能だ。そのためには、いろいろな人たちと積極的につながりを持つことが必要だという。「おふでさき」に「それからハにち/\月日みさだめて あとのよふ木゛のもよふばかりを」「それよりもひねた木からたん/\と ていりひきつけあとのもよふを」(第七号18、19)とある。親神様は陽気ぐらし世界のふしんに必要な人材を樹木に例えられる。一人ひとりの心を見定め、ようぼくとして育てる段取りを急がれる。とりわけ「ひねた木」、つまり樹齢、年限を重ねた木から引き寄せ、ふしんの用材として使うと仰せられる。ようぼくは齢を重ねても、かしもの・かりもののご守護に感謝し、さまざまな人とコミュニケーションを取り、関わっていきたいものだ。また周囲に悩む人がいれば、十分に話を聴いて、人生で体得した知恵を発揮して悩みの相談に乗る。上手に歳を取るだけ、人と社会の役に立つ才能が培われるのだ。そのことを自覚し、結晶性知能を生かして、人と人をつなぐ機会を生み出すことを心がけたい。(安藤)