天理時報2023年5月24日号3面
【ミスを重ねる後輩 どう声をかければ – 人生相談】Q. 職場の後輩が細かなミスを重ねてしまうことに落ち込んでいます。仕事には真面目に取り組み、ミスしないように改善を試みているものの、うまくいかないようです。どのように声をかけたらいいでしょうか。(30代男性)A. 職場の後輩の困り事を、わが事のように心配しているあなたの姿に、教祖はきっとお喜びくださっていると思います。さて、彼が一番困っているのは無くし物、忘れ物が多く、職場に迷惑をかけていることですね。しかも、いくら注意し、努力しても自分では解決できない現実に「どうすればいいのか分からない」と……。読んでいて、胸が苦しくなりましたが、彼のそばにあなたがいてくれることに感謝しました。失敗を繰り返し立ち上がれない後輩に、「確かにできないこともあるけれど、こんなことはできているよ」と、彼のものの見方や事象の受けとめ方がマイナスからプラスへ転じるように、喜びが湧いてくるように言葉をかけて寄り添ってください。彼が自分を肯定できるような手助けをお願いします。ところで、彼の困り感はずっと遡るのではないかと思います。どうして自分はほかの人と同じようにできないのかと、長い間苦しんできたと想像します。医療機関で検査を受けることで、得意なこと、苦手なことを整理できたり、苦手なことを克服するスキルを身につけたりできるかもしれません。もちろん彼が望むならですが。後輩との関わりを通して、大いにおたすけの心を養ってください。あなたの態度はきっと職場の方々へのにをいがけになっていますよ。回答者:吉福多恵子(濃飛分教会前会長夫人), 【YouTubeチャンネル「千遍」3年間にわたり1000回配信 – 青年会】5月6日配信の第1000遍では、中山青年会長の信仰感話が配信された青年会本部(安井昌角委員長)は5月6日、YouTubeチャンネル「千遍」の第1000遍の信仰感話を配信。約3年にわたり続けてきた更新を終了した。YouTubeチャンネル「千遍」は2020年、当時の青年会の基本方針「世界たすけへの挑戦」の副題にあった「『かしもの・かりもの』の教えを治め、徳分を活かしたおたすけに動きだそう」を受け、「かしもの・かりもの」の教えのインプットとアウトプットを推進する“ツール(道具)”としてスタート。青年会本部委員をはじめ、実行部員や会員などによる信仰感話を連日(日曜を除く)配信してきた。教会の朝づとめ後や、車での移動中、家事の最中など、さまざまな場面で視聴されたほか、海外では「千遍」を翻訳して活用する動きも見られた。チャンネル登録者数は6000人に上り、会員のみならず高齢者や女性など世代や性別を問わず、大勢の教友に幅広く親しまれてきた。6日に配信された第1000遍では、「誠真実があれば、絶対大丈夫」をテーマに、中山大亮青年会長の信仰感話を配信。最後に「皆さま、これまで『千遍』をご視聴くださり、本当に、本当に、ありがとうございました」と述べられた。安井委員長は「視聴してくださった方の日常会話の中で、少しでも信仰の話題が増えていたらうれしい。『千遍』は、多くの方々の真実のおかげで3年間続けることができた。弁士や視聴してくださった方をはじめ、これまで『千遍』に関わってくださった皆さまに感謝したい」と話した。なお1000回分の感話は、今後も同チャンネルで視聴できる。青年会本部では、「かしもの・かりもの」の教えを治める“ツール”としての活用を促している。YouTubeチャンネル「千遍」は下記よりhttps://youtube.com/@senben1000, 【「種蒔き」を心に再出発へ – 視点】世界保健機関(WHO)が5日、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言の終了を発表した。日本でも8日に感染症法上の位置づけが「5類」へ移行したことで、社会活動は活気を取り戻しつつある。こうしたなか、教内でも活動や行事が徐々に再開されている。5月末までの教祖140年祭全教会一斉巡教を受け、全教会とようぼくが個々に目標を持って年祭活動に動き始めている。なかでも、今年1月にリニューアルした『天理いきいき通信』の売り上げが3月を境に大幅に伸びたことから、にをいがけを志す人が増えている兆しが感じ取れる。この機会に、あらためて教祖がひながたに示された布教の心得の一端を振り返り、勇みの種としたい。教祖が信者に布教を促されたと思われる史実で最も初期のものは、こかん様の浪速布教と元治元年の大和神社の一件があるが、それらを除いては『稿本天理教教祖伝逸話篇』13「種を蒔くのやで」のお話がある。慶応元年のこと。大阪で「種市」という屋号で花の種を売り歩いていた前田藤助・タツ夫婦は、不思議なお導きで信心を始め、タツは教祖から「あんたは、種市さんや。あんたは、種を蒔くのやで」とお言葉を頂く。「種を蒔くとは、どうするのですか」とお尋ねすると、教祖は「種を蒔くというのは、あちこち歩いて、天理王の話をして廻わるのやで」と教えられた。それから二人は、種を売り歩く傍ら天理王命の神名を伝え歩き、病人があると二人のうち一人がお屋敷へお詣りして神様にお願いした。すると、どんな病人でも不思議にたすかった。まだ、おつとめや身上たすけのためのおさづけがなかった時代である。種市は、病人をおたすけする際には、水行をし、おぢばの方向を向いて、神名を唱えて真剣にご守護を祈ったとも伝えられている。この熱心なおたすけによって大阪に道が広がり、その芽生えとして多くの講社が誕生し、四国、兵庫、遠州、関東へも道が伸びていった。コロナの大節を乗り越えた再出発の旬に、教祖がお仕込みくださった「種蒔き」を心に置いて、あらためて勤しみたい。(諸井)