天理時報2023年4月12日号6面
【地球か、地域か – 新連載 世相の奥】井上章一・国際日本文化研究センター所長地球にやさしくなろう。そんな掛け声が、世界中でとなえられている。脱炭素、SDGsという標語も、よく耳にする。ガソリンを燃料とする自動車は、とおからず姿をけしそうだ。いずれは、電気自動車におきかえられていくという。新築の家屋は、みな屋根の上にソーラー・パネルをのせてほしい。東京都の小池知事が、そう都民によびかけていると聞く。それぞれの家が、太陽光発電で自宅の電力をまかなうよう、すすめているらしい。この仕組みがととのえば、真夏の電力不足はさけられよう。発電所のフル稼働という事態も、回避することができる。地球温暖化対策にも貢献しそうである。知事の発言にも、うなずけるところはある。陽当たりの悪い家からは、苦情がくるかもしれないけれど。私も、拙宅にはソーラー・パネルをおこうともくろんだ。十年ほど前に新居をもうけた時は、その前提で工務店と話をすすめている。地球にはやさしくありたいと、私なりに考えて。もちろん、電気料金を低くしたいという算盤もはじきながら。このプランは、しかし実現しなかった。建築確認申請のさいに、役所からはねつけられている。ソーラー・パネルの設置は、まかりならない、と。私は京都府の宇治市にすんでいる。拙宅も宇治市にある。宇治川とむきあう川沿いに、たっている。景色は悪くない。ちょっと自慢の立地である。じじつ、あたりは琵琶湖国定公園に、くみこまれている。ねんのためしるすが、宇治川は琵琶湖を水源とする川である。そして、国定公園内には、さまざまな景観上の規制がある。住み手が、かってに自宅の色や形をあんばいすることは、ゆるされない。我が家にも、宇治市役所の窓口は、いろいろ注文をつけてきた。たとえば、ソーラー・パネルは周囲の風光をそこねる、と。太陽光発電は、地球にやさしい発電装置であろう。だが、地域の景観にたいしては、けっしてやさしくない。役所との交渉で、私はそのことを学習させられた。地球への善意と地域への善意は、両立しえない場合があると、かみしめたしだいである。こういう矛盾は、どうのりこえたらいいのか。私に妙案はない。景観的な配慮があるソーラー・パネルの出現を、のぞみたいものである。井上章一1955年、京都府生まれ。80年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。京都大学人文科学研究所助手、国際日本文化研究センター教授等を経て現在、同センター所長。専門の風俗史のほか、日本文化についてユニークな視点で広い分野にわたり発言。著書に『つくられた桂離宮神話』(講談社)、『南蛮幻想――ユリシーズ伝説と安土城』(草思社)など多数。『京都ぎらい』(朝日新書)で新書大賞2016を受賞している。, 【地域の福祉活動に貢献 厚労大臣から感謝状 – 大阪の宮武美子さん】宮武美子さん(78歳・豊池分教会ようぼく・大阪市)は先ごろ、長年にわたり地域の福祉活動に貢献した功績が認められ、加藤勝信・厚生労働大臣から感謝状が贈られた。平成16年、地域の町内会長の推薦を受けて民生委員を受嘱。以来27年間、地域の高齢者宅への訪問や子育ての相談対応、生活困難者を行政につなげる仕事など、対象者に寄り添う活動を続けてきた。また、これまで玉出地区民生委員長や同地区の幼稚園、小・中学校のPTA会長を務め、令和4年には大阪市長から名誉民生委員の選定を受けている。宮武さんは「これまで民生委員の活動を続けてこられたのは、仕事仲間はもちろん、家族の協力があったからこそ。昨年で民生委員としての役目を終えたが、これからも名誉民生委員としての役割は続く。今後も親神様のご守護に感謝しながら、関わる方に寄り添って、地域の福祉に貢献していきたい」と語った。, 【約50年間で献血500回 京都府赤十字センターから感謝状 – 京都の永尾道継さん】永尾道継さん(66歳・堀川分教会長・京都市)は先ごろ、献血回数500回を達成したことが称えられ、京都府赤十字血液センターから感謝状が贈られた。日本赤十字社では、献血に協力している個人・団体に対する表彰制度を設けている。今回の感謝状は、献血500回を達成した人に贈られるもの。高校生のとき、支部の献血ひのきしんの際に初めて献血した。以来、約50年にわたり「人の役に立ちたい」一心で献血を続けてきた。平成27年に400回を達成した際には、「献血可能年齢である69歳までに500回を達成」する目標を掲げ、今年2月に達成した。永尾さんは「この年齢まで献血を続けられたのは、健康な体をご守護いただいているおかげ。これからもご守護への感謝を胸に、できるだけ献血に通い、輸血を必要とする方々のお役に立ち続けたい」と語った。(西陣大・佐々木社友情報提供), 【担任の言葉で伏せ込み決意 – 読者のひろば】高畑吉宏(20歳・大阪市)中学3年の夏、天理高校第2部への進学を希望し、担任の先生に相談した。すると、気弱で人に流されやすい私を心配してくださったのか、「君の性格だと寮生活は難しいのでは」と、志望校の変更を促された。正直言って悔しかったが、この言葉で奮起。必ず合格し、4年間頑張ろうと決意した。その後、無事に合格。入学当初は親元を離れての生活に苦労したが、だんだんと寮に馴染むことができ、学校生活を楽しめるようになった。また、配属された部署で精いっぱい伏せ込むうちに、周囲に流されやすい性格だったのが、自分で考えて主体的に行動できるようになった。そして昨年2月、喜びいっぱいに卒業式を迎えることができた。先ごろ成人式で地元へ戻った際に、中学3年時の担任の先生と再会した。天理での高校生活について話すと、「良かったなあ、頑張ったなあ」と涙を浮かべて喜んでくださった。高校受験を前に、先生が私のことを本当に心配してくれていたことに気づき、感謝の思いが込み上げてきた。そして、おぢばの学校で学び、成長できたことを誇らしく思えた。いまは専門学校で英語を学んでいる。国際情勢の変化は、これから大きな問題になってくると思う。お道の教えを胸に、世界の人々の心をつなげられるような社会人を目指したい。