天理時報2023年1月18日号3面
【本部人事】保安室境内掛主任鹿尾昭吉立教185年12月26日, 【何があっても謝らない夫 – 人生相談】Q. 夫は何があっても絶対に謝りません。そういう人なのだと諦めてきましたが、最近は子育ての大変さも重なり、「なぜ私ばかりが我慢しなければならないの?」と思うように。どうすれば夫が素直に謝るようになるでしょうか? (30代女性)A. お手紙によると、一昨年、長男を出産されたとのこと。いまは子育てに忙しいことでしょう。特に、母親でなければならない、しかも待ったなしという状況もあって、本当に大変だと思います。ご主人も協力しているのでしょうが、その時の態度が我慢ならないということなのだと思います。大人二人で暮らしていたこれまでと、乳児を加えての3人生活とでは、状況は大きく変わっているでしょう。上手に役割分担して協力し合えればいいのですが、時間や心身に余裕のない状況では、なかなか難しいと思います。そんな中にあっても、ご主人の内面には、父親のほかに男性や少年といった要素があり、それらがすねたりダダをこねたりしているような気がします。大げんかをして発散するのも一つですが、お互い相手を思いやれればいいですね。教祖は「女房の顔を見てガミガミ腹を立てて叱ることは、これは一番いかんことやで」(『稿本天理教教祖伝逸話篇』137「言葉一つ」)と仰いました。一方、「亭主の偉くなるのも、阿呆になるのも、女房の口一つやで」(同32「女房の口一つ」)とも仰せになりました。たとえば失敗を指摘する前に、まず感謝の気持ちを丁寧に伝えるのは如何でしょう。子育てをしながら、親も一緒に育っているのでしょうね。回答者:西村和久(一筋分教会長・「憩の家」事情部教師), 【本部お節会の賑わいに思う – 視点】すでに「小正月」を過ぎたが、年が改まると、やはり心機一転という気持ちが湧いてくる。今年は3年ぶりに本部「お節会」が行われた。寒空のもと、存命の教祖を慕っておぢばに帰った大勢の方々と出会い、さらに勇ませてもらった。日本には古来、「節」という季節の変わり目に神様へ収穫を感謝する風習があり、それを「節供」と言い習わしてきた。これが「おせち」の起源であり、弥生時代まで遡るという。奈良時代から平安時代にかけて、「節会」と称する宮中行事になり、「御節供」が振る舞われた。江戸時代には五節句が祝日になるのに伴い、大衆の民間行事として普及し、節句のうち正月料理が「おせち」として位置づけられ、現代に至るそうだ。本教の「お節会」については、『稿本天理教教祖伝』に明治7年のお屋敷の正月の様子が記されている。「教祖の膝下に寄り集い、元旦に供えた鏡餅のお下りを、一同打揃うて賑やかに頂く事は、既に早くから行われていたが、そのお供餅の量も次第に殖えて、明治七年には、七、八斗にも上った。この行事は、お節会と呼ばれて、後年、次第に盛んになった」教祖に新年のごあいさつを申し上げるために帰参した人々が寄り集い、和気あいあいとお下がりの餅に舌鼓を打つ光景が目に浮かぶ。質素な振る舞いであっただろうが、人々の心は勇んでいたはずだ。元旦祭に親神様への神饌として供えられた恵みを、帰参者がともどもに頂く――。現在も新春の親里には、「お節会」に参加する人、ひのきしんに精を出す人たちの心に、をやへの感謝の気持ちが溢れている。親神様・教祖のお膝元で、道の子供たちが楽しく団欒する姿をご覧いただくことは大きな親孝行であり、神人和楽の貴重な機会である。それは、教会の月次祭における直会も同様であろう。教会へ足を運ぶことは、をやの慈愛のご守護を感得するためにも欠かせない信仰活動である。(永尾), 【7代会長就任奉告祭 – 朝倉大教会】朝倉大教会(内田孝雄会長・福岡県朝倉市)は昨年11月3日、7代会長就任奉告祭を執り行った。「新たな『門出』に向けて、日々の徳積みに励もう それがみんなの誓い」を活動方針に掲げ、一手一つに邁進してきた同大教会。当日は、感染症対策を徹底したうえで、参拝者を限定して勤めた。祭典では、真柱様のメッセージを、大教会世話人の上田嘉世本部員が代読。おつとめの後、あいさつに立った内田会長は「教祖140年祭へ向けて、朝倉につながる者皆で、一手一つに勇んで前を向いて歩んでいきたい」と述べた。(朝倉大・半田社友), 【創立130周年記念祭 – 大江大教会】大江大教会(中西太郎会長・大阪市)は2022年10月2日、創立130周年記念祭を執り行った。同大教会では、記念祭を「親の思いを心におさめる成人の旬」と位置づけ、この日に向けて、一人ひとりが自らの信仰を省みつつ、おたすけに邁進してきた。祭典では、真柱様のメッセージを、大教会世話人の鹿尾辰文本部員が代読。おつとめの後、あいさつに立った中西会長は「初代の喜びをしっかりと受け継ぎ、ともどもに陽気ぐらしの姿で教祖の年祭活動をつとめさせていただこう」と呼びかけた。(大江大教会発), 【立教185年12月月次祭 – 過ぎし1年を振り返り】寒空のもと、参拝者は今年1年のお礼を込め、「みかぐらうた」を唱和した(12月26日)立教185年の“納めの月”の月次祭は昨年12月26日、中山大亮様祭主のもと執り行われた。大亮様は祭文の中で、今年は年の始めに教祖140年祭を勤める旨を発表し、秋季大祭には「諭達第四号」を発布したことを振り返ったうえで、「私どもをはじめ教会長、ようぼく一同は、教祖のひながたを目標に、人たすけのうえに弛むことなく誠を尽くして、明けて迎える、教祖140年祭活動三年千日の1年目を勇んでつとめさせていただく決心でございます」と奏上された。続いて、かぐら・てをどりが陽気に勤められた。この日の神苑の気温は4度。時折、木枯らしが吹くなか、冬支度の参拝者は、過ぎし1年のご守護にお礼を申し上げ、一心に「みかぐらうた」を唱和した。おつとめの後、神殿講話に立った山田清太郎本部員は、「諭達第四号」を引きながら、ようぼくのつとめや、おたすけに掛かるうえでの心の置きどころなどを話した。