天理時報2023年1月18日号6面
【少年よ、大志を抱け – 日本史コンシェルジュ】「Boys, be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」の名言で知られるクラーク博士。札幌農学校の初代教頭となった博士は、来日早々あることに悩まされていました。悩みの種は、高い資質と意欲を持って入学した学生が、夜な夜な寮で飲酒していること。当時は未成年者の飲酒を禁ずる法律はなかったので、学生の飲酒は違法ではありません。ただ限度を超えた飲酒が学生の健康や勉学に支障を来すことを、博士は憂えたのです。決意を固めた博士は、学生を集めてワインの瓶を割り始めました。それは、飲料水の事情が悪い札幌で暮らすため、博士が母国アメリカから持ち込んだ大切なワインでした。「学生に禁酒を勧めるならまずは自分から」と考えた博士は、自ら酒を断ち禁酒誓約書に署名したうえで、学生に禁酒を呼びかけたのです。博士に心を揺さぶられた若者は、みな即座に署名しました。そして彼らのほとんどが卒業後も一生禁酒を貫いたそうです。実は学生が博士に信頼を寄せたきっかけは、開校式に遡ります。「本校の学生諸君は紳士である。自らを律する者に規則は不要である。これより一切の規則を廃止し、ただ一つの校則を定める。Be gentlemen!(紳士たれ)」。この博士の演説に、誰もが胸を熱くしました。自由・独立・人間尊重に根ざした博士の人生哲学は、学生の意識の底に眠る武士道精神を呼び覚まし、凛とした独特な校風を育てました。博士の帰国後も、その校風を受け継いだ札幌農学校からは、『武士道』を著した新渡戸稲造、『代表的日本人』の著者・内村鑑三、土木工学の廣井勇、植物学の宮部金吾ら多彩な人材が輩出、近代日本の発展に貢献していくこととなります。一方、帰国した博士の晩年は失意の連続でした。大学創設を目指すも、資金面で挫折。次いで鉱山経営にも失敗。その倒産をめぐる裁判にも悩まされました。博士は59歳で心臓病によりこの世を去りました。死に臨んで「天の神に報告できることが一つだけある。それは札幌における8カ月である」と語ったそうです。クラーク博士の鮮烈な生き方と言葉は、明治の日本を支える若者たちを鼓舞し、世紀を超えて、今なお私たちに勇気と希望を与え続けています。博士が天の神にも報告したいと願った、人生で最も輝いた8カ月間は、近代日本にとって、短くても濃密な、得難い月日だったのです。白駒妃登美下記URLから、白駒妃登美公式YouTubeで歴史の紹介動画を見ることができますhttps://youtube.com/@shirakomahitomi, 【立教186年お節会トピックス】帰参者一人につき一椀の雑煮が振る舞われ、管内学校の生徒らが受け入れに当たった3年ぶりの実施に感謝 初日の“一番乗り”初日の5日、保安室消防掛前広場の入場ゲートで、開場を待つ列の先頭に立っていたのは松田仲市さん(75歳・福龍分教会ようぼく・天理市)。この日、誕生日の松田さんは“一番乗り”を目指したという。30年ほど前から毎年、お節会へ足を運んできた。「お節会のお雑煮を頂くことで、一年が始まったという気分になり、気合が入る。お節会がない2年間は寂しく思っていたが、こうして頂けることが有り難いと感じる」と話した。万全を期して真心の一椀を3年ぶりとなる「お節会」では、万全の感染症対策を期して行われた。餅焼き場では、人数を制限して餅焼きひのきしんが行われた。また各会場では、座席をテーブルの片側のみに配置。帰参者には、入場の際の手指消毒の徹底と、黙食の励行が促された。一方、各会場で接待に当たったひのきしん者は、手指を消毒したうえで焼き立てのお餅と水菜をお椀に盛り付け。そこに熱々のすまし汁をかけ、すぐさま雑煮を待つ帰参者のもとへ運んだ。3年ぶりの本部「お節会」では、たくさんの人々のひのきしんにより、例年と変わらぬ真心のこもった一椀が帰参者に振る舞われた。習字教室の生徒ら舌鼓神戸市の柏木徳男さん(57歳・舞子分教会教人)が運営する書道教室「舞子習字教室」の生徒ら17人が帰参した。同教室講師の柏木浩子さん(55歳・同)は「生徒たちがおぢばへ足を運ぶ機会をつくりたい」との思いから、数年前に生徒らを引き連れ、お節会期間に帰参するようになったという。今回帰参した生徒らは、ほとんどが未信仰家庭の子供たち。徳男さんは「コロナの心配は絶えなかったが、生徒たちが心から楽しみにしてくれていたので、無事に帰参できて良かった。新年にいい滑り出しができたと思う」と笑顔で語った。立教186年お節会データ餅……6,300キロ(31.5石) ※1石=200キロ計算木炭……3,044キロ水菜……1,008.3キロすまし汁……7,540リットル