天理時報2022年5月25日号3面
【「グラフ天理495号」ダウンロードできます】4月29日に実施された「全教一斉ひのきしんデー」の様子を取り上げた「グラフ天理495号」が、このほど制作。現在、布教部ホームページからデータをダウンロードすることができる。教外の方にも見てもらえるよう、お道の諸行事を紹介している「グラフ天理」。ダウンロードしたデータをプリントして、各教会や布教所はもとより、個人宅など、さまざまな場所で掲示することができる。布教部ホームページ グラフ天理ダウンロードはこちら, 【創立130周年記念祭 – 東愛大教会】東愛大教会(西初晴会長・名古屋市)は4月24日、創立130周年記念祭を執り行った。同大教会では「ようぼくの三信条」を記念祭へ向けてのかどめとしたうえで、「さあ勇もう!! たすけゆく旬たすけられる旬」をスローガンに掲げ、成人の歩みを進めてきた。当日は、感染症対策を徹底したうえで祭典執行。大教会での参拝者を限定し、ようぼく・信者はそれぞれの所属教会から遥拝した。祭典では、真柱様のメッセージを、大教会世話人の永尾教昭本部員が代読。続いて、おつとめを陽気に勤めた。この後、あいさつに立った西会長は「教祖140年祭へ向かう三年千日の仕切りの旬を目前に控え、あらためて初代会長の心定めと、世界たすけのうえにどんな苦労も厭わず、決して後に引かない精神を心に刻み、勇んで成人の道を歩みたい」と決意を述べた。(東愛大・家田社友), 【GWに子供の笑顔輝く「ピッキーひろば」- 少年会】少年会本部(西田伊作委員長)主催の「ピッキーひろば」は、5月3日から5日にかけて西泉水プール前広場で開催された。これは、ゴールデンウイークに帰参した家族連れに、おぢばで楽しいひと時を過ごしてもらおうと企画されたもの。コロナ禍の影響により3年ぶりの開催となった今回は、棒倒しゲーム「モルック」と、ひも付きのボールをはしごに引っ掛けて得点を競う「ラダーゲッター」が新たに登場。前回人気を博した「エアートランポリン」をはじめ、クイズラリーやバルーンアートなど、エリアごとにさまざまなお楽しみコーナーが設けられた。このほか、昨年リニューアルされたお茶所内ではスタッフによる紙芝居が催されるなど、連日、子供たちの笑顔が輝いた。, 【おやのことば・おやのこころ(2022年5月25日号)】二ッ ふうふそろうてひのきしん これがだいゝちものだねや「みかぐらうた」十一下り目今年の「全教一斉ひのきしんデー」は、筆者の地元の支部でも3年ぶりに参加者が一堂に会する形で実施されました。過去2年は感染症流行の影響で教会や個人単位での実施となっただけに、同じ地域に住む教友とひのきしんの時間を共有できる喜びを、あらためて感じることができました。会場となっている市内の福祉施設に集まった参加者の中に、80代の布教所長Yさんの姿もありました。この施設は、支部の月1回の定例ひのきしんの場でもあり、Yさんご夫婦は長年にわたり、毎月欠かさず顔を出しておられます。聞けば、20代のころから地域のひのきしん活動に夫婦で足を運び続けているとのことで、八十の坂を越えても実に若々しく、かくしゃくとしてひのきしんに勤しむYさんご夫婦の姿は、若輩の私たちにとって素晴らしいお手本です。私たち夫婦にも、日々の徳積みの一環として年頭に話し合って決めた「1日1回以上のごみ拾い」という目標がありますが、妻はともかく、私は毎日実践できていると胸を張って言えないのが正直なところです。先日、外出先で2歳になる長女が、「見て!」と言って、ガムの包み紙を手渡してくれました。どうやら、道端に落ちていたごみを自ら拾ってくれたようです。わが子に先を越されないように、日々のひのきしんの実践を積み重ねていきたいと思います。(榊), 【5歳の娘を妻が派手に着飾る – 人生相談】Q. 5歳の娘を妻が派手に着飾り、髪を染めたり、アクセサリーを身に着けさせたりしています。「まだ早いのでは」と注意したのですが、聞き入れてもらえません。どんな気持ちで娘の成長を見守ればいいのでしょうか。(20代男性)A.子供服選びには、動きやすいものであるか、事故につながりそうな装飾がないか、自分で着脱しやすいか、という三つの観点があるといわれますが、デザインの好みは人それぞれです。髪形やアクセサリーも同様です。服装や頭髪によって偏見や誤解を受けないようにするには、周囲に受け入れられるものであるかを家族で話し合うことが理想です。しかし、何がいいかを決めるのは、そう簡単ではないかもしれません。このような場合、外見よりも中身に注目してはどうでしょう。あいさつ、思いやり、親切、お手伝い、早寝早起きなど、5歳でも期待できる適切な行動はたくさんあります。それを家族で話し合ったうえで、子供に前もって教えて練習し、できたら褒めるという前向きな子育てに取り組むことです。自らの中身を整え充実させて、互いに多様性を認め合うことは、これから私たちが向かうべき社会の姿でもあります。また、中身が整うと、外見にも変化が表れるかもしれません。最後に、私たちの親である親神様は、今回のことを通じて、あなたに期待されていることがあるのではないでしょうか。難しいことに見えても、親の後押しを頂けると思えば通りやすくなるものです。思いつくことを実行してみては、いかがでしょうか。回答者:堀 健一 (家庭支援プログラムアドバイザー・晃栄理布教所長), 【根気よく心澄みきる道へ – 視点】前号に続いてウクライナの戦禍について述べたい。テレビやネット映像で目にする惨状には戦慄を覚え、同じ人間のすることとは思えない。しかし、これが世界の現実である。事によってはアジアへ波及する可能性も語られ、他人事と見過ごせない。こんな中で、信仰者として何ができるのだろうか。この道を信じる者は、節に際したとき、状況を把握し、そのときにできる最善の対処、理のうえの思案をセットで考える。たとえば病気の場合、病状の把握、医療や看護態勢、そして心の思案に伴う心定めへと思いを巡らしていく。今回の戦禍の背景はマスコミ報道に詳しいので言及しないが、具体的支援では、たとえば天理大学は元留学生だった避難希望者家族を天理市と協同で受け入れた。すでに関係がある場合は直接的な支援もしやすいが、現実には遠い日本でできることは限られるだろう。しかし私たちには、おつとめを勤めて親神様に祈ることと、心を入れ替え陽気ぐらしを目指す教えがある。今回、国家の政治体制や国際機関の調停力には限界があることが、あらためて浮き彫りになった。結局、自分の心はもちろん、相手の心にも我欲や猜疑心が巣くっている限り、争いは起こり得る。だからこそ、本教が掲げる、人類は等しく親神様を親に持つ兄弟姉妹である真実を知り、自らの心のほこりを払い、人をたすけて我が身たすかる境地を目指す陽気ぐらしの教えを、世界中の人々に伝えることが究極の解決方法であり、それが可能なのは、この道を信じる私たちなのである。その手だてをひながたに探ると、教祖は、世界一れつをたすけることを目指されたが、実際になされたことは、村人や寄り来る人など身近な人たちを、一人また一人とたすけ、根気よく心澄みきる道へと導かれた。そして、たすけられた人が次の人々を誘って、道は広まっていったのである。いま私たちがすべきことも、世界中の人々のたすかりを祈り、自らの心を澄ます努力をしつつ、身近な人にたすけの手を差し伸べ、教えを映し伝えていくことである。(松村義)