天理時報2022年5月18日号6面
【娘の声に耳を傾け – 読者のひろば】坂部マキエ(72歳・兵庫県淡路市)もうずいぶん前のことですが、娘は学生時代から反抗的な態度が長く続いていました。何を言っても冷たい反応が返ってくる毎日に、思い悩んでいました。ある日、娘がスキー中にけがをし、車いす生活を余儀なくされたのです。突然の出来事に戸惑い落ち込む娘の姿を見て、自分に何かできないかと考えました。そこで私は、長年勤めた会社を辞め、介護の仕事に就くことに。その中で、たくましく生きる人たちの姿を目の当たりにして、「この方たちと同じように、娘も精いっぱい頑張っている」と気がつきました。また、娘の話を聴かずに一方的に思いを押しつけていたことを反省し、心新たに娘と接していこうと誓いました。以後、日常生活でまず相手の話に傾聴することを心がけました。娘とも正直に気持ちを打ち明け合い、話に耳を傾けて、励まし続けました。そうするうちに、娘は少しずつ元気を取り戻していきました。そんなある日、娘が「お母さんが介護の仕事を始めてから気軽に話しやすくなった。ありがとう」と。うれしいことに、娘はこの春から老人ホームで働き始めました。表情も明るくなり、たわいもない話ができるようにもなりました。これからも相手の声に耳を傾けることを心がけていきたいと思います。, 【「小説家」という肩書き – よろずの美の葉】このエッセーが掲載される頃には情報解禁されている予定だが、このたび人生で初めて、密着ドキュメンタリー番組への出演が決まった。と言っても、主にカメラに密着されたのは私ではない。我が家の猫そらである。放送局はNHK、番組名は「ネコメンタリー猫も、杓子も。」。もの書く人のかたわらには、いつも猫がいた――との副題の通り、小説家や漫画家、エッセイストなど、執筆を生業とする人間と猫との生活を追った密着番組である。ただ正直に言えば、出演依頼を受けた時、私は少々悩んだ。というのも、小説の執筆を生業としてすでに12年目にもかかわらず、私はいまだに胸を張って自分を「小説家」と称することにためらいを覚えているからだ。もちろん、現在の主たる収入源が小説執筆にあることは疑いようはない。しかしそれは、主婦である私、大学でいまだに事務員のアルバイトをしている私、笛と大鼓の弟子である私などなど、さまざまな「私」のほんの一部に過ぎない。そんな私が仕事の内容だけを頼りに、小説家と名乗っていいのかと考えてしまうのだ。大正から昭和初期に活躍した作家・菊池寛の随想に、「小説家たらんとする青年に与う」という小文がある。「僕は先ず、『二十五歳未満の者、小説を書くべからず』という規則を拵えたい」という、なかなか刺激的な一文から始まるこの随筆において菊池は、小説とは書き手の人生観が仮託されたものであり、それゆえ作家を志す者は小説を書く以前に、まず自らの生活を懸命に生き、己の人生観を作り上げねばならないとの小説観を語っている。言い換えれば菊池はここにおいて、小説家たる個人とは、生活者として確立された個々人より生じる属性に過ぎないと位置付けているわけだ。「小説家」という肩書きが自分に付与される折が増えて以来、わたしはしばしば菊池のこの主張について考える。小説を書くのは大好きだ。しかし結局、私はただ小説を書きたいだけで、「小説家」という看板を高く上げたいわけではないらしい。それで有名人になりたいとも、社会的地位を得たいとも思わない。ただ、小説を書き続けられさえすれば、それでいい。それゆえ結局、テレビカメラの密着を許諾しながらも、私はいまだに気恥ずかしさと心もとなさを覚え続けている。放送日は5月25日(予定)。もしかしたら、あまりのいたたまれなさに、当日は発作的にテレビの前から逃げ出してしまうかもしれない。■作家 澤田 瞳子, 【通学指導で心温まり – 読者の広場】田岡利依(44歳・天理市)15年前から、娘が通っていた幼稚園、小学校の通園・通学指導をしています。これは、同じ地域に住む子供たち数人と一緒に登校するもの。子供たちや親御さん、地域の方や先生と毎朝、顔を合わせてあいさつする中で、その日一日の元気を分けてもらってきました。また、子供たちの変化や成長を間近で見ることができるのも、私にとって何よりの楽しみです。いまでこそ勇んで活動に参加していますが、初めのころは、家庭の事情が重なり、ほとんど協力できずにいました。お引き受けした役割を果たせないことなどに、申し訳なさやもどかしさを感じていたことを覚えています。それから何年か経ち、家庭の事情が落ち着いて、通学指導に復帰することに。長い間協力できずにいたことで、受け入れてもらえるかという不安がありましたが、周りの方々は温かく迎え入れてくれました。感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、あらためて勇んで取り組ませていただこうと心に定めました。今春、私が担当する班に新入生が5人加わり、登校時はよりにぎやかになりました。5年生になった末娘が、新入生のお世話をする姿も、微笑ましく見ています。これからも地域の方々と協力して、子供たちを見守っていきたいと思います。, 【吉い日 – まんまる】四コマ漫画のもとになったYouTubeチャンネル『千遍』(青年会本部)を聴くことができます。https://youtu.be/sbfl0l9iH0A, 【ひのきしんデー参加者の声 – 報恩感謝の日々から得た私の“気づき”】ひのきしんデーの参加者の中には、日々さまざまな思いを胸に、自らひのきしんに取り組んでいる教友が少なくない。各地の「デー」参加者に、長年、地道にひのきしんを続ける中で得た“気づき”や信仰の喜びなどを聞いた。足元のごみから「心を低く」と久村英彰さん77歳・大晴分教会ようぼく・京都市支部活動として毎月のごみ拾い・除草ひのきしんに参加するようになって、20年ほどになる。参加するときは、いつも集合時間より30分ほど早く来て、自主的にごみ拾いや草抜きをしている。足元のごみを拾っていると、心を低く通らせていただくことの大切さに、あらためて気づかされる。3年ほど前、脳の病気で命が危ぶまれた。手術は奇跡的に成功し、徐々に体が回復する中で、親神様のご守護を肌身に感じた。この経験から、かしもの・かりもののご守護を心から喜び、ご恩報じの気持ちで、ひのきしんに励めるようになった。とはいえ、日ごろから心を低くして過ごすのは、まだまだ難しい。これからも日々のひのきしんを通じて、心を磨いていきたい。絶えざるご守護あってこそ倉本光男さん55歳・延岡分教会ようぼく・宮崎県延岡市17歳のころから痔を患った。そんななか、職場で偶然知り合った教友の勧めで修養科を志願。おぢばで教えを学び、修了後は所属教会に住み込むことになった。教会では、どんな御用も素直にさせていただいた。その後、手術を受けて痔の身上をすっきりとご守護いただいた。それからは、親神様への感謝の思いで、自主的に教会周辺や近所の公園の清掃を長年続けてきた。また、6年前には左足に静脈瘤が見つかったが、会長さんにおたすけいただくなか、不思議なご守護を頂いた。こうした折々のおてびきを思い返すと「親神様の絶えざるご守護があってこそいまがある」という、感謝の思いが胸に込み上げてくる。今後も喜び心いっぱいにひのきしんを続けていきたい。喜んで通る姿伝えるため武内千里さん36歳・松丸分教会ようぼく・愛媛県松野町数年前、天理で生活していたころ、夫に誘われるまま、本部神殿で参拝する際に回廊拭きひのきしんをさせていただきました。正直なところ、当時の私は、これといって特別な思いはありませんでした。こうしたなか、3年ほど前に、夫の地元で暮らすことに。現在は仕事をしながら月に一度、所属教会や上級教会へ通い、ひのきしんをさせていただいています。引っ越してからは、だんだんと私自身の心に変化がありました。それは、所属教会の会長夫妻が日々喜んで通られる姿に感銘を受け、その影響で、教会のどんな御用にも喜びを感じられるようになったことです。現在、二人の息子にも喜びを伝えられるよう、勇んでひのきしんをするように心がけています。心のほこり払う大切さ知る西田幸夫さん70歳・伊東分教会ようぼく・静岡県熱海市信仰初代の私は、仕事帰りにできる限り所属教会へ立ち寄ってトイレ掃除をしている。10年前、定年退職後に再就職した会社の社長が天理教の信仰者だった。勧められるままこの道に入り、その後は修養科を志願するなど、だんだん教えを深めていった。2年前、仕事の悩みから心を倒す日が続いた。なんとか前を向かなければと考えた末に、所属教会のトイレ掃除を始めた。すると次第に心が澄んできて、悩むことが少なくなっていった。ひのきしんをする中で、頻繁にトイレ掃除をしていても、油断するとすぐに汚れやほこりがつくことを知った。このことから、心のほこりも日ごろから払う努力が大切だと学んだ。普段のひのきしんの際は、心のほこりを払うことを意識しながらつとめている。, 【“気がかり”との付き合い方 – 人と関わる知恵】金山元春天理大学教授・本部直属淀分教会淀高知布教所長絵・うえ かなこのエッセーでは、心理学やカウンセリングの観点から人付き合いについて論じてきましたが、私たちが人生で最も長く付き合う相手は誰だと思いますか? それは“自分”です。私たちは「こんなこと、ずっと考えていてもしょうがないけれど……」と思いつつ、あることが気になって頭から離れなくなるときがあります。また、「何と言えばいいのか分からないけれど、なんだかモヤモヤする」などと、すっきりしない感じを抱くときもあります。私たちが心穏やかに納得のいく人生を歩むためには、そうした自分の内側にある“気がかり”と上手に付き合っていくことが大切です。たとえば、あなたが「Aさんに嫌われたかもしれない」と気にしていたとします。ここで「私があんなことを言ったから……。そもそも、あれがいけなかったかな。でも、私としては……」などと、あれこれ考えを巡らせると“気がかり”はどんどん大きくなります。このようなときは、どんな気持ちが心に浮かんできても、「あ〜、そういう気持ちがあるなあ」と、それをただ眺めるようにします。そうした姿勢のままでいるうちに、やがて自分と“気がかり”との間に自然と距離ができてきます。そうして、ほどよい距離が取れてきたら、あらためて自分の内側に「何が言いたいのかな?」と優しく問いかけて、その“気がかり”が伝えようとしていることに耳を傾けます。そして何かが浮かんできたら、それがしっくりくるかどうか確かめてみます。「嫌われたくない……は、ちょっと違うか。私だって頑張っているのに……かな?」などと、よりぴったりする感じが出てくるのを待ちます。これをしばらく続けていると、「……分かってほしい? あ〜、そうだ。分かってほしい。うん。私、Aさんに私の考えを分かってほしいんだ」などと腑に落ちる感じがやって来ます。そうして気持ちが整えば、「今度Aさんに会った時に、自分の考えを素直に伝えてみよう」と動き出すこともできます。このように、自分の中の“気がかり”と上手に付き合うことは、他者と良好な関係を築くことにもつながるのです。自分の中で“気がかり”がまとわりついて離れなかったり、なんだかモヤモヤする感じがあったりするときは、この方法を試してみてください。