天理時報2022年4月6日号2面
春の雨そぼ降るなか3月月次祭教会本部の3月月次祭は26日、中山大亮様祭主のも本部神殿で執り行われた。大亮様は祭文の中で、十全のご守護と厚き親心のまにまに、成人の道を恙なくお連れ通りくださる親神様のご慈愛にお礼申し上げたうえで、「私どもをはじめ教会長、ようぼく一同は、国の内外にお見せいただくさまざまな姿の中に、たすを急き込まれる親神様の思召を思案し、教祖のひながたを拠り所に、をやの思いにお応えする道を尋ね実残して、世界たすけに邁進させていただく所存でございます」と奏上された。この後、かぐら・てをどりが陽気に勤められた。朝から春の雨が降り注いだこの日の親里。神苑では、色とりどりの傘を手にした参拝者たちが、一心に「みかぐらうた」を唱和した。おつとめの後、冨松幹禎・本部員が神殿講話に立った。冨松本部員は講話の中で、身上・事情をご守護いただいたことへのご恩報じの一念から、道に人生を捧げた先人の信仰姿勢に言及。自身の教会長としての経験を踏まえながら、「つくし・はこび」の教えの大切さについて話した。そのうえで、来年から始まる教祖140年祭活動の三年千日は仕切りの旬であるとして、ご恩報じの信仰に、大いに勇み立たせていただこうと呼びかけた。先人の遺徳しのび春季霊祭翌27日には、春季霊祭が執り行われた。神殿では、祭文奏上に続いて「よろづよ八首」と十二下りのてをどりが勤められた。続く「祖霊殿の儀」で、は大亮様が祭文を奏上された。その中で、幾重難渋な中も常に教祖のひながたを胸に、たすけ一条の御用に勤しまれた先人の遺徳をたたえたうえで、「霊様方には、この一同の心をお受け取りくださいまして、さまざまな困難な状況下にあっても、世界たすけの御用を勇んでつとめさせていただけますよう」と願われた。そぼ降る雨のなか、一心に「みかぐらうた」を唱和する参拝者たち(3月26日)3年ぶり〝若き華、親里に咲く立教185年春の学生おぢばがえり「立教185年春の学生おぢばがえり」(主催=同実行委員会、学生担当委員会)は3月28日、「次代を担うようぼくへ」をスローガンに、3年ぶりに親里で開催された。中山はるえ様、大亮様ご夫妻が臨席された式典には、道につながる全国各地の高校生・大学生ら1583人が参集した。代表者による「よろづよ八首」奉唱、学生会委員長の橋本善希・実行委員長(天理大学3年)のあいさつに続いて、茶谷良佐・学生担当委員会委員長が、真柱様のメッセージを代読した。その中で、親神様は人間に一人ひとり自由に使える心をお与えくだされたことを踏まえ、「澄んだ心で素直に教えを実行して、心を陽気に向ける努力を積んでいってほしい」と求められた。また教祖は、難渋の中から喜びが表れてくることを教えられたと指摘。「節の中から親神様の御心を探り出す心の広さ、勇気を持ってもらいたい」と話された。最後に、親神様・教祖はいつまでも私たちの行く末をお見守りになり、励ましてくださると強調。「いまは理解できにくいことでも、時間をかければ分かってくることもあるから、あきら諦めずに心を磨いて、教えを人生に生かす考え方を身につけてもらいたい」と述べて、メッセージを締めくくられた。この後、学生を代表して村上あかねさん(四国大学2年)と白鳥稜河さん(天理大3年)が信仰の喜びや感謝の思いについて発表。続いて学生会新委員長の大岩恵奈さん(同2年)が決意表明を行った。最後に、橋本委員長が道の学生成人目標を唱和。学生たちは、仲間と共に成人の道を歩むことを誓った。QRコードから春の学生おぢばがえりの様子が視聴できます式典は、感染防止対策を講じたうえで実施された(3月28日、本部中庭で)おやののこころおやのことば七ッなにかよろづのたすけあいむねのうちよりしあんせよ「みかぐらうた」四下り目春は卒業、入学の季節です。過日、息子の通う中学校の卒業式に、PTA会長として出席しました。時節柄、残念なことに180人の卒業生のうち、10人ほど卒業式を休まざるを得ませんでした。卒業証書授与の際、卒業生は担任の先生から名前を呼ばれ、大きな返事とともに壇上へと向かいます。はて、式に来られなかった生徒のときはどうなるのだろう。一抹の不安を抱きながら耳を傾けていました。すると、本人の代わりに、それぞれのクラスの生徒全員が、元気に返事をするのです。なんとも言えない温かい気持ちになりました。欠席の卒業生の中には、新型コロナウイルスが理由ではなく普段からなかなか教室まで来られなかった生徒たちもいました。式が終わり、校長室で欠席した卒業生への計らいを絶賛したところ、それは生徒たちからの提案だったと聞かされました。「クラスの仲間全員で、きょうのこの日に一緒に卒業するんだ」という、仲間を思いやる生徒たちの心がしみじみと伝わってきて、再び胸が熱くなりました。この世界は、すべてがたすけ合いによって成り立っており、親神様は思いやりとたすけ合いの姿を何よりもお望みになっています。祝辞の中で、互い立て合いたすけ合いの大切さを、はなむけの言葉として伝えましたが、もはや老婆心だったかもしれません。そんな生徒たちを見て、親神様もさぞお喜びのことでしょう。(中田)