天理時報2022年9月7日号6面
【“時の守護”を生きる – 成人へのビジョン6】夏休みの宿題に取り掛かるのは、いつも決まって始業式の直前。終わらない宿題の山を前に、かつての僕は泣きながら取り組むのでした。同じ宿題でも、初日に終わらせる子、計画的にこなす子、慌てるはめになる子など、取り組み方は人それぞれです。でも、締め切りは平等にやってくる。今日は小欄の原稿締切日。「勝負はここから」です。人は締め切りが迫ると、ほかのことを自然と考えなくなり、集中力が高まります。心理学でいう「締め切り効果」です。最大の罠は「時間はまだある」という感覚。それは大切なことを「先延ばし」させます。人はいつか必ずこの体を神様にお返しします。夜なしに昼の概念が存在しないように、死のない生は存在しません。しかし人は、その期限を知らない。いわば私たちは締め切りを知らずに生きている。一番肝心な、かけがえのない、この生の締め切りを――。思うに、それは神様の愛情です。確実な死期を告げられると、私たちは極度の緊張を強いられて、毎日を楽しく暮らせそうにありません。一方、身上の障りや事情のもつれは、半ば強制的に自身の生き方や他者との関係を顧みるように仕向けます。そのとき、日常の時間を送ることはできませんが、それゆえ人は、普段は意識しない大切なものと向き合うようになります。先延ばしにしていた、本当に大切なことに集中する。普段は出ない力が湧く。それもまた、神様の愛情ではないでしょうか。イラスト・かにたづこ「その時と所とを与えられる元の神・実の神にています」(『天理教教典』)。のんびり暮らす人、懸命に目標に向かって走る人、それぞれ流れる時間は違っても、誰もが“時の守護”という大きな親心に抱かれている。その人に与えられた時間を生きている。土中に埋もれた種はただじっとしていますが、それも発芽に向けた大切な時間なのです。「旬」も「節」も、自分でつくれるものではありません。その人にとってのベストタイミングは用意されています。焦らず急かさず、安心して生きてゆく。それもまた、私たちの信仰姿勢だと思うのです。可児義孝, 【夏の恒例行事「子供の祭り」開く コンゴブラザビル団 – 海外ニュース】少年会コンゴブラザビル団(ムピカ・ハナコ団長)は7月26日から8月4日にかけて、「子供の祭り」と銘打ったイベントを開催した。これは、親里で開催される「こどもおぢばがえり」の時期に合わせ、毎年、本部直属コンゴブラザビル教会で行われる夏の恒例行事。期間中、子供たちは祭儀式を練習したほか、運動会などのお楽しみ行事に参加し、楽しいひと時を過ごした。また今年は、7月30日に親里で開かれた「みちのこサマーステージ」にビデオ出演し、子供たちは元気いっぱいにダンスを披露した。最終日の4日には少年会総会を開き、204人の少年会員が参加した。少年会コンゴブラザビル団の「子供の祭り」の様子を見ることができます。https://youtu.be/-Z5d58iUUVs, 【義母の遺志を継ぎ – 読者のひろば】坂本志奈子(64歳・愛媛県宇和島市)15年前、義母と二人で修養科を志願しました。当時85歳の義母は、両足の身上から長らく車いす生活を送っていました。通院を続けても、身上が快方へ向かう兆しが見えなかったことから、義母は家族と相談のうえ修養科を志願。私が同伴することになったのです。信仰熱心な義母は、修養科中も一途に教えを求め、時間を見つけては、ひのきしんに勤しんでいました。そんななか、義母の両足は日を追うごとに徐々に良くなり、3カ月目には、自力で立って歩けるまでに回復したのです。長年の患いをすっきりとご守護いただいたことで、信仰のありがたさをあらためて実感した私は、義母と一緒に本部神殿で親神様・教祖に何度も感謝を申し上げました。また、同期の仲間や担任の先生も、とても喜んでくださいました。そして、無事に修養科を修了した私たちは、親神様・教祖への感謝の思いを忘れないために、月に数回、所属教会でひのきしんをさせていただくようになりました。義母は3年前に出直しましたが、ご守護いただいた両足を親神様の御用一筋に使い続け、ご恩報じに徹していました。義母の遺志を受け継ぎ、私もご恩報じの道を歩んでいきたいと思います。, 【次男の身上を転機に – 読者のひろば】橋角ちよえ(55歳・京都府舞鶴市)信仰家庭で育ちましたが、結婚して家を出てからは一時期、信仰から離れた生活を送っていました。30年前、次男が1歳2カ月のころ。夜泣きがやまず、泣き方に違和感を覚えたので病院を受診しました。すると、「小児ネフローゼ症候群」という腎臓疾患があることが分かり、すぐに入院することに。不安な気持ちに心が押しつぶされそうになりながらも父に相談すると、「教会に日参してはどうか」と、自宅近くにある上級教会への日参を勧めてくれました。藁にもすがる思いで上級教会へ足を運びました。そして、神殿でぬかずき、親神様・教祖にこれまでの信仰態度をお詫びしました。その後は、親神様にもたれて通る気持ちを心に定めて教会へ通い、子供に毎日おさづけを取り次ぎました。こうした日々を送る中で、次男は不思議なご守護を頂き、6歳になるころには病が完治。小学校低学年では、学校へ通えるまでになったのです。この経験が私の人生の転機となり、その後も節を見せられるたびに、親神様にひたすらもたれてきました。子供たちはすっかり成人し、いまも家族みんなが無難にお連れ通りいただいています。これからも日参やひのきしんを続け、私が経験した信仰の喜びを多くの人に伝えていきたいです。