天理時報2022年1月26日号2面
世の中の節をわが事と受けとめ新型コロナ終息のお願いづとめ教会本部は5日、本部神殿でお願いづとめを勤めた。このお願いづとめは、新型コロナウイルス感染拡大の終息と罹患者の平癒をあらためて願うとともに、お互いの心を一つに合わせてご守護を願う意味を確認するもの。昨年4月以降、毎月1日正午から本部神殿で勤められている。当日、感染拡大を防止する対策として殿内の参拝者を制限するとともに、南礼拝場前にパイプいすが設置された。正午、中山大亮様は、中田善亮・表統領と共に神殿上段へ参進。大亮様が拍子木を、中田表統領が数取りを務めて、お願いづとめが勤めた。おつとめに先立ち、中田表統領があいさつを行った。中田表統領は冒頭、新型コロナウイルスの感染拡大から2年が経ち、長く続く不安定な毎日の中にも、いつまでもこのままではいけないと思う一方で、終息後に果たして日常は元に戻るのか、どんな世の中になるのかは誰にも分からないと話した。続いて、戦時下にお道はさまざまな制限や制約を受けたものの、終戦後、二代真柱様が本来の教祖の教えに戻ろうと、「復元」を提唱されたことに言及。戦争は大きな世の中の声事情、節であるが、「復元」は、その大節を自分にお見せいただいた節と受けとめ、教祖の御教えを身につけ、たすけ一条の道を真っすぐに歩む成人の機会とするよう求められたのだと思う、と述べた。そして同様に、「コロナ禍も世の中の事情であるが、私たちの成人を求められた大節と思案することができる」と指摘。「このさきハせかへぢううハどこまでもよふきづくめにみなしてかる」「たん(とこのみちすじのよふたいハみなハが事とをもてしゃんせ」(おふでさき十号1、1)のお歌を引いたうえで、陽気ぐらしは向こうからやって来るものではなく、自分から求めていくことで実現するとして、「コロナ禍の大節を、ここにいる者から、まずわが事と受けとめ、成人の歩みを進めてこそ、終息、そして治まりの姿をお見せいただけると思う。そうしたことを、ともどもにお誓いして、お願いづとめを勤めさせていただこう」と呼びかけた。新型コロナウイルス感染拡大の終息を祈念し、本部神殿でお願いづとめが勤められた(5日)心を一つに合わせ、ご守護を願う参拝者(南礼拝場前で)真柱様63歳の誕生日中山善司・真柱様は16日、満63歳の誕生日を迎えられた。当日午前中に、本部在籍者による祝賀行事が親里競技場で催された。少年会おやさと団やしき隊員らによる鼓笛演奏のほか、お祝いのメッセージカードと花束が贈呈された。お祝いの花束を受け取られる真柱様(16日親里競技場で)おやのこころおやのことば何でも親という理戴くなら、いつも同じ晴天と諭し置こう。「おさしづ」明治26年10月24日例年ならば、お節会でにぎわうころに、がらんとした詰所の受付に一人の信者さんが来られて「すみません、今年も16日はお赤飯とエビフライでしょうか」と尋ねられます。お尋ねの意味が分からずにポカンとしていると、「コロナの影響もあるのかと思いまして」と仰います。もしや炊事本部のメニューのことかと思い、青年さんに事務所に貼ってある献立表を見てもらうと、なるほど16日の昼食は赤飯とエビフライに違いありません。それを伝えると、その方は「それは良かった、あらためて食券を買いに来ます」と柔らかな笑顔をされ、「毎年、真柱様のお誕生日には妻と神殿で参拝して、詰所の食堂でお赤飯とエビフライを頂いて、夫婦でささやかなお祝いをさせていただくんです」と嬉しさを包みません。そのお話に、大切な信仰にふれたようで、胸にしみいる思いがしました。真柱様がお健やかにおいでくだされてこそのお道であることは言うまでもありません。旬々のお導きはもとより、おさづけの理の拝戴や教会長の任命など、あらゆるお運びにおいて、ご存命の教祖と私たちを取り持ってくださる、かけがえのない親であられるからです。毎年心嬉しく、ご誕生日のお祝いをされるご夫妻は、きっと今年も晴天のごとき日々を送られるのだろうと、清々しい思いのする新年です。(橋本)