天理時報2021年12月22日号8面
[天理スポーツ]TenriSports学生体重別100㌔級初V天理大柔道部植岡虎太郎選手天理大学柔道部の植岡虎太郎選手(3年)は11月26日、千葉市の千葉ポートアリーナで行われた「全日本学生柔道体重別選手権大会」男子100㌔級に出場し、初優勝を果たした(写真)。3歳のころ、当時、地元中学校で柔道部顧問を務めていた父親の影響で柔道を始めた。小学生の間は柔道と野球の二足のわらじを履いていたが、中学から柔道に専念。また、父親が天理大柔道部出身ということもあり、「将来は天理大へ」との希望を胸に天理高校へ進学した。高校2年時には「全国高校柔道選手権大会」団体戦に出場して準優勝。3年時にはインターハイの個人戦にも出場した。目標とする選手は、自身と同じ「背負投」を得意技とする、天理大OBでオリンピック3連覇の偉業を成し遂げた野村忠宏さん。レジェンド〟に近づけるよう、技の切れを磨くために研鑽を積んでいる。一方で、高校時代には「投げ技だけでは勝ちきれないことを痛感した」。天理大進学後は、足技の練習に重点を置くとともに、自分よりも身長が低い選手など、苦手とする対戦相手への対応策も学んでいるという。今年3月、「全国体育系学生柔道体重別選手権大会」100㌔ロ級で優勝し、初のタイトル獲得。ところが、相手選手が投げ技を警戒しているにもかかわらず、さらに「背負投」を仕掛けていくなどして、膠着状態が続く試合展開が少なくなかった。監督やコーチからは、「足技を使え」と指導されている。迎えた今大会初戦を「小内刈」で、2回戦を「大内返」で一本勝ちし、3回戦へ進む。3回戦では、得意の「背負投」が警戒され、試合のペースがつかめない時間が続く。そんな中でも粘り強く戦い、延長2分32秒で反則勝ちを収めた。準々決勝を優勢勝ちすると、準決勝は再び延長戦へ。延長1分16秒、得意の「背負投」が決まり、決勝へ進出した。「しっかり組んで投げる」との心構えで畳へ上がると、2分9秒、「背負投」が決まり「一本」。学生柔道体重別での初優勝を決めた。なお、天理大柔道部は12月8、9の両日に行われた「全日本学生柔道体重別団体優勝大会」にも出場。準々決勝で明治大学に敗れた。植岡選手は「個人戦で勝ったことで、チームに少し勢いがついたと思ったが、団体戦では悔しい結果となった。次は、初めてのシニアの大会となる講道館杯が控えている。戦いは一層厳しくなるが、上位に食い込めるよう奮闘したい」と話している。「講道館杯全日本体重別選手権大会」は来年1月17、18の両日、山梨県小瀬スポーツ公園で実施される。文芸小説ふたり星の降る夜は作者片山恭一第2部の始まりに寄せてやわらかく温かみのある世界へ第2部では、青年になったカンの話を書こうと思っています。高校を卒業したカンは、就職をせずにバックパックを背負って世界を放浪します。そのなかで少しずつ言葉を取り戻していく。そういうことって、実際にあるみたいです。重度の吃音で苦しんでいる人が、英語や中国語では普通に話せるとか。郷里に戻ったカンは、父が亡くなった海でサーフショップとレストランを兼ねたような店をはじめます。そのかたわら趣味で海の写真などを撮ってSNSに投稿したりしている。写真にちょっとした文章を添えたりもします。折節に自分の学習障害について触れることもありました。小学生のころ言葉が喋れなかったとか、算数がまったくわからなかったとか。これが少しずつフォロワーを増やし、彼のところに不登校の子どもを連れた親がやって来るようになります。カンは子どもたちにサーフィンを教えたり、美味しいものを食べさせたり、一緒に農業をしたりする。こうして彼のまわりに幾つもの小さな「ふたり」が形作られていきます。第1部で活躍したツツも、大人になって再び登場する予定です。障害の問題をどう考えればいいのか?英語で「disorder」って言いますよね。「order」は秩序や規律という意味です。命令って意味もあります。「dis」は欠如や失敗を意味する接頭語です。つまり秩序や規律を欠いた状態、それらの構成に失敗して命令に従えない現状を「障害」と呼んでいるようです。このまなざしが冷たいとぼくは思います。固いと言ってもいいかもしれません。もっとやわらかなまなざしで世界を包むことはできないでしょうか?秩序といい規律といい、いずれも人為的なものです。歴史のなかでつくられてきたものです。それに従えと命ずるのが、法であったり社会であったりします。なんとなく上から目線ですよね。しかも当たり前と思われているものが正しいとはかぎらない。たとえば「注意欠如多動性障害(ADHD)」と呼ばれているものは、狩猟や採集によって暮らしていたころの人たちにとっては、食料を集めたり危険を回避したりするために不可欠な能力だったかもしれません。長い人間の歴史のなかで、ほんの一瞬を切り取って「障害」とか「病気」とか言っている可能性が高いわけです。どどんな困難も固有なもので、けっして一般般化化はできません。そして一人ひとりが抱ええる困難のなかには、かならず「ふたり」という契機が含まれています。ここを言葉でうまくひらくことができれば、もっとやわらかく温かみのある世界が構想できるのではないか。そんな世界に向けて、第2部を書いていきたいと思っています。文芸小説「ふたり」のバックナンバーはこちらから