天理時報2022年9月21日号6面
【「天理カレー」一般販売も好評】道友社各販売所で発売中の「天理カレー」は、「こどもおぢばがえり」のカレーレシピを忠実に再現したレトルト食品。教会行事の記念品、ようぼく・信者へのお土産として活用されているほか、天理市内の一般店舗や、オンラインショップなどでも人気商品となっている。奈良県内の子育て家庭を対象に、県産品を期間限定でお得に購入できるインターネット通販サイト「なら子育て応援はぐくみストア」でも対象商品に。出品から1カ月ほどで、すでに920食が出荷されており、同サイトの指折り商品となっている。また市内では、天理本通りの一部店舗や天理駅前広場のコフフンショップで販売中。さらに、先ごろ親里ラグビー場近くに開業した道の駅「なら歴史芸術文化村」でも、県の特産品の一つとして販売されている。このほか、ふるさと納税サイト「さとふる」でも取り扱われており、利用者からは「お母さんが作ってくれるようなカレー」など好意的なコメントが寄せられている。なお、11月からは近鉄百貨店奈良店での販売も予定している。, 【娘の感染で気づかされ – 読者のひろば】西方敬子(52歳・東京都江戸川区)先日、同居している娘が新型コロナウイルスに感染しました。当時、東京では連日2万人もの感染者が出ていました。そのため娘は、なかなか治療を受けられませんでした。発熱などの症状に苦しむ娘。その様子に、居ても立ってもいられず、医療従事者の方々への不足を、つい口にしてしまいました。すると夫が「頑張ってくれている方に不足するのは良くないよ」と。そのひと言で、相手の立場に立って考えることを忘れてしまっていたことに気づかされたのです。医療従事者の方々は連日たくさんの患者さんの対応に忙殺されているはず。お道を信仰しているにもかかわらず、感謝の心を忘れてしまっていたことを深く反省しました。こうした経験から、どんなときも感謝して通ることが大切だと、あらためて学ぶことができました。その後、娘は順調に回復。家庭内で感染が広がることもなく、無事にご守護いただけたことを親神様に御礼申し上げました。今後は、何ごとにも不足の心づかいをせず、感謝の心で通らせていただきたいと思います。, 【白熊繁一氏『おやさまの灯り』刊行 – 道友社】定価330円【本体300円】148ミリ×148ミリ・中綴じ/12ページ/オールカラー道友社は先ごろ、大人向けのミニ絵本『おやさまの灯り』(文・白熊繁一、絵・西薗和泉)を刊行した。長年にわたり、里親活動を続けている白熊氏(中千住分教会前会長)。著書に詩文集『家族を紡いで』(道友社刊)などがある。同書は、白熊氏が修養科の一期講師を務めていた際に、修養科生へ贈った「おやさまの灯り」と題する自作の詩が元となっている。その後、修養科の講師を務め終えてからも詩の続編を作り、修養科修了者に贈ってきた。こうしたなか、白熊氏が『人間いきいき通信』の表紙絵を担当する西薗氏(勢白分教会ようぼく)に挿絵を依頼。このたび絵本の形で刊行されることになった。西薗氏は、白熊氏の詩が『天理時報』で紹介された際に強く感銘を受け、記事を切り抜いてスクラップしていたという。「挿絵の依頼を受け、不思議な縁を感じた」と話す。同書は、ともすれば見過ごしがちな、身近にある親神様のご守護や小さな喜びを実感できる絵本になっている。道友社各販売店、Webストアで購入できる。下記URLから、「おやさまの灯り」についての過去記事をご覧いただけます。https://doyusha.jp/jiho-plus/pdf/20220921_akari.pdf, 【聖徳太子と動物 – よろずの美の葉】自分が猫好きなことは今さら疑うまでもないのだが、先日、従兄の家で大型犬と遊ぶ機会があった。もともと愛想のいい子だそうで、まったく初対面にもかかわらず、ひどく懐いてくれた。きらきらとまっすぐな目、猫とは違う毛並み。呼べばすぐ来てくれる従順さ。ううむ、なるほどこれが犬好きが見ている世界か、と目を開かされた思いがした。人類と犬の関わりは古く、日本ではすでに縄文時代から犬の飼育の痕跡が見つかっている。日本最古の歴史書である『日本書紀』には、西暦587年、物部守屋と蘇我馬子が仏教礼拝の是非をきっかけに戦となった際、ある飼い犬が死んだ主の骸を守り、自らも墓の側で飢え死んだとの逸話が記録されている。ちなみにこの時、蘇我側に味方した王子・厩戸――つまり後の聖徳太子には、雪丸という犬を飼っていたとの伝承もある。伝説を信じれば、こちらは人間の言葉を語り、自らの死期を悟った際には、埋葬してほしい場所まで言い残した天才犬。現在、奈良県王寺町にはこの逸話に基づく公式キャラクター・雪丸がいるが、さまざまな資料をひも解いて気づくのが、聖徳太子は歴史上の偉人の中でも動物に関するエピソードが多い人物という事実だ。平安時代に成立した説話集には、太子は甲斐国(現在の山梨県)から献上された黒馬を愛馬としていたと記される。この馬は雪丸同様、常識外れの能力を有していたらしく、雲より高く飛び上がることができたとか、奈良から富士山まで3日で往復したなどといったエピソードもあるほどだ。その他にも聖徳太子ゆかりの奈良県斑鳩町には、太子が飼っていた鷹を埋めたとされる高塚なる地名が残るし、太子創建の大阪・四天王寺には、彼自身が鷹に変化したとの逸話も伝えられている。聖徳太子より200年以上昔に生きた仁徳天皇の時代には、すでに鷹狩が行われていたとの記録があるので、太子が本当に鷹を飼っていたとしても何ら不思議ではない。思えば聖徳太子は現在の中国に当たる大国・隋に使者を送り、朝鮮半島諸国出身の外国人を複数重用していた。当時の朝廷にはすでに、外国から孔雀や駱駝、羊が贈られていたと『日本書紀』に記されているため、もしかしたら太子の鷹や犬も大陸由来の可能性もある。そう考えると、日本を代表する偉人とされる聖徳太子の人物像もずいぶん親しみ深く感じられ、先日のわたしの如く、本当に大きな犬と戯れていたのかも――と想像を逞しくしてしまうのである。作家 澤田 瞳子