天理時報2021年9月5日号6面
ハートフルエピソードまんまる絵・なんばなつこごみ拾いを続ける中でココには毎日吸いがらが落ちているお疲れ様デースおいおいあの子か…まったく…ポイ捨てはいかんのだがまあでも…今日もあの子が元気に会社に行った証拠だと思えば四コマ漫画のもとになった『天理時報』(立教183年3月15日号)は、右記QRコードから読むことができます。日本バトン協会理事長に就任愛知の戸田里美さん長年、天理教校附属高校マーチングバン下部(当時)のバトントワーリングおよびカラーガードを指導してきた戸田里美さん(西岡崎分教会長・愛知県岡崎市)が、先ごろ一般社団法人日本バトン協会理事長に就任した。8歳のとき、愛知教区西三河支部鼓笛隊(当時)でバトンを始めた戸田さん。中学卒業後は東京のバトン教室へ通い、技術の向上に努めた。その後、少年会本部バトンコース主任講師を15年間務めたほか、18年にわたって同部の指導に当たった。「日本バトン協会」の前身団体である「日本マーチングバンド・バトントワリング連盟」の理事として、国内のバトンの普及振興に寄与した功績が認められ、今年6月、理事長に就任。現在、全国高等学校総合文化祭の講評員や世界バトン連合日本代表役員を務めている。戸田さんは「日本のバトン技術は世界トップクラスを誇る一方で、近年の競技人口は減少しつつある。今後、バトンが子供から高齢者まで楽しめる生涯スポーツとして認知されるよう、〝Let’senjoybaton〟を合言葉に一層の普及に努めるとともに、バトントワーリングのオリンピック種目化を目指していきたい」と話している。読者のひろば母の信仰姿勢を手本に松江小夜子(82歳・山口県岩国市)一昨年に出直した母の『人生記』を執筆しています。筆を執るたびに、私をお道に導いてくれた母の親心が伝わってきます。65年前、信仰初代の母は、妹を出産した直後に結核を患いました。日を追うごとに病状は悪化し、命の危機に瀕するなか、母は以前からおたすけに通ってくださっていた所属教会の会長さんと共に、おぢば帰りを果たします。その後、母はみるみる元気になり、にをいがけに出られるほどに回復しました。母の出直しを覚悟していた私は、親神様の鮮やかなご守護に深く感動し、「お道の教えについて詳しく学びたい」と思うようになりました。その3年後、二十歳になったのを機に、修養科を志願しました。修了後は、母と一緒に所属教会への日参を続けました。教会の御用を共につとめる中で、母は不足一つ漏らさず、いつも与えられた御用を喜んでつとめていました。何事にもたんのうの心で向き合う姿に、私は信仰者としての心得を学ぶことができました。その後も母は大病を患うことなく、100歳まで長生きさせていただきました。かく言う私も、82歳になったいま、病気に悩むことなく元気に通らせていただいています。最近も親しい教友と共に、所属教会の掃除やにをいがけに勤しんでいます。これからもご守護に対する感謝の心を忘れず、亡き母の信仰姿勢を手本として、生涯ご恩報じに努めていきたいと思います。日本史コンシェルジュ歴女〟ご案内いたします白駒妃登ShirakomaHitomi「日本精神」を忘れない10年前の東日本大震災で〝世界一の支援〟を届けてくれたのは台湾でした。日本赤十字社が把握しているだけで義援金は250億円を超え、支援物資は400トン以上。台湾の人口は日本の約5分の1ですから、これは破格の支援です。でも驚くのはまだ早い。台湾からは日本赤十字社を通さない支援が何倍もあり、合計は天文学的数字に上るといわれています。さらに2011年の暮れ、台湾の新聞社が「今年一年、あなたにとって一番の幸せは何でしたか?」というアンケートを取ったところ、台湾の人々が1位に選んだ答えは、「日本への義援金が世界一になったこと」でした。感激した私は、台湾へ何度も通い、出会った人たちにお礼を伝えてきました。旅の目的は「ありがとう」を伝えること。でも台湾へ行くと、逆に、私は「ありがとう攻め」にあいます。「わざわざ台湾に来てくれてありがとう」「何年も前の支援をいまだに覚えていて感謝してくれるなんて、本当にありがとうね」という具合に…。「なぜ、こんなに感謝してくれるの?」「なぜ、こんなに親切にしてくれるの?」。そんな私の問いに対し、台湾の方々は口をそろえておっしゃいます。「これはね、あなたたち日本人が私たち台湾人にくれたことだよ」明治28年から昭和20年までの約50年間、台湾は日本の統治下にありました。当時、世界一貧しい土地の一つだった台湾に、日本人はまず学校を造り、教育を浸透させました。察制度を整えて治安を安定させ、さらに台湾に投資してインフラを整備。その影響で台湾の衛生環境は格段に改善され、農業生産性は飛躍的に向上しました。日本の統治を経て台湾は豊かになったと捉えている人が台湾には多く、その恩返しをしたいとの思いが、あれだけの支援になって表れたのです。「あなたには日本精神(リップンチェンシン)があるね」とは、台湾での最高の褒め言葉。「勤勉で誠実で責任感があって、自分の仕事に誇りを持っている。さらに自分のことだけでなく皆のことが考えられる、いまのことだけでなく次の世代のことまで考えられる」人を、台湾では「日本精神のある人」と呼ぶのです。東日本大震災からの復興を旗印に掲げた今夏の東京五輪で、史上最多のメダル数を獲得した日本と台湾。コロナによって分断された世界が再び一つになるためには、五輪精神の原点に立ち返り、国境を超えた、目に見えない心のつながりを取り戻すことが大切であると、日台の選手の活躍が教えてくれたように思います。