天理時報2021年8月29日号6面
道の子弟インターハイで優勝7月24日から8月24日にかけて北信越地方などで行われた「全国高校総合体育大会(インターハイ)」。東京都の金戸凛さん(高校3年・名高分教会信者)が「飛込競技」女子2種目で、大阪市の吉田花鈴さん(高校3年・陽野宮分教会信者)が「陸上競技」女子走幅跳で、それぞれ優勝した。高校日本一に輝くようぼく子弟のアスリート2選手を紹介する。DIVING東京の金戸凛さんけがを乗り越え一昨年、日本室内選手権で連覇を果たし、東京オリンピック出場が有力視されていた金戸さん。ところが、2019年夏に右肩を負傷。翌年2月の手術後は、一人で入浴できないほど、日常生活もままならない状態だった。こうした中も懸命にリハビリを続け、今年7月の関東選手権で公式戦に復帰した。71日に行われたインターハイ女子高飛込では、予選からほかの選手を大きく引き離す好記録を出すと、決勝は、女子では高難度とされる「5237D(後ろ宙返り1回半、3回半ひねり)」を見事に決め、圧倒的実力を見せて優勝した。続く飛板飛込でも、2位に大差をつけて2冠に輝いた。金戸さんは「長時間の試合は久しぶりだったので、きちんと飛べてホッとした。これからもリハビリを続けながら、パリ五輪出場を目指して頑張りたい」と話している。金戸さんのインターハイでの演技が視聴できますLONGJUMP大阪の吉田花鈴さん自己ベスト更新今年3月に出場した「日本室内陸上競技大阪大会」の走幅跳で初優勝し、全国高体連合宿に五輪育成競技者として招聘されるなど、着実に実力をつけている吉田さん。6月に行われた近畿予選では走幅跳で優勝、三段跳で3位入賞し、両種目でのインターハイ出場を決めた。さらに、オリンピック代表選考会を兼ねた「日本陸上競技選手権大会」走幅跳にも唯一の高校生として出場し、6位入賞を果たした。7月30日のインターハイ「陸上競技」女子走幅跳では、決勝で61の好記録をマーク。自己ベストを更新して初優勝をつかんだ。また、三段跳では3位入賞した。吉田さんは「インターハイ優勝という目標を達成することができて、家族や友人、コーチに感謝の思いでいっぱい。今後は、卒業までに日本高校記録を更新できるよう練習に取り組んでいく」と話した。(撫養大・岩佐社友情報提供)よろずの美の葉三十二、三十三、三十四…●作家澤田瞳子SawadaToko略称というものは面白い。そこに関わる人間以外には意味が分からぬ例も多いが、一旦理解するとついつい自分も使いたくなる。私がかつて通っていた女子高はキリスト教主義で、毎年12月、キリストの降誕を祝う音楽劇が行われた。初めてその委員になった折、上級生たちが「ガブリは?」「ガブリ、まだ来ません」と言い合っているのに、はてなと思ったのだが、やがてそれがイエスの母・マリアに懐胎を告げる大天使ガブリエル(役の生徒)の略称と分かった。配役は全校生徒の投票で決まり、マリアの夫・ヨセフには最もかっこいいとされる生徒、ガブリエルには尊敬を集める生徒が選ばれるのが慣例。とはいえ「ガブリ」では尊敬も何もあったものではないと思ったが、10日もすると結局、自分もその略称を使っているのだから現金なものである。先日、私が頂くこととなった文学賞は一般には直木賞と呼ばれるが、本当はこれも略称で、正式名称は直木三十五賞という。人名を冠した文学賞はその姓を略称に用いる例が多く、たとえば芥川龍之介賞は「芥川賞」、大藪春彦賞は「大藪賞」といった具合だ。直木三十五は残念ながら、現在はあまり読まれている作家とは言いい。が、昭和初期には彼は違いなく流行作家の一人であり、その作品を原作として50本以上の映画が作られたという。三十五という奇妙なペンネームは直木自身の年齢にちなんでおり、初めて評論を描いた時は31歳だったので直木三十一、以来、毎年、三十二、三十三と名前を変えたが、その後、一説には友人の作家・菊池寛の勧めで三十五と改め、以後4歳で没するまで同じ筆名を使い続けたという。文藝春秋社の社長でもあった菊池寛は直木の死を悼み、その7年前に自殺した芥川龍之介にちなむ賞と併せて、直木三十五賞を創設。実際、菊池は自身の随想の中で、「直木」もしくは「直木君」と呼んで、直木をしばしば登場させており、彼が没した直後には雑誌「文藝春秋」に、「直木を紀念するために、社で直木賞と云ふやうなものを制定し、大衆文芸の新進作家に贈らうかと思つてゐる」と寄稿している。この構想が約1年を経て実現に移されるわけだが、他ならぬ菊池が故人への親しみゆえか「直木賞」と呼んでいたとなると、この呼称は略称ではなく、むしろ本来の正式名だったようにも思われて、なにやら微笑ましい。かくして私は胸の中で少しだけ菊池寛を真似る思いで、直木賞、と呼んでみるのである。