天理時報2022年9月28日号3面
【道の子弟育成の取り組み 地域で工夫を凝らし】既報の通り、今夏も少年会本部が「夏休みこどもひのきしん」を提唱したことを受け、全国各地で道の子弟育成のさまざまな取り組みが行われた。ここでは、先ごろ行われた茨城教区と北海道教区空知支部による独自の取り組みを紹介する。学生会員が宿題をサポート – 茨城教区茨城教区は8月8日、教区学生会(海老澤真依委員長)と学生担当委員会(舟橋洋晶委員長)の合同で、「少年会宿題サポート」と銘打った勉強会を開催。会場となった土浦市の城一船分教会には、地域の子供たちや管内の教会長子弟ら31人が集まった。これは、地域に住む小中学生を対象に、学校の宿題を学生会員がサポートするもの。昨年春から開催を重ね、現在では子供の保護者が昼食づくりを手伝うようになるなど、地域に根差した活動になりつつあるという。当日は、学生会員6人がスタッフとなり、子供たちの勉強のサポートに当たった。親子連れで野菜収穫体験 – 北海道教区空知支部北海道教区空知支部(髙橋洋治支部長)は8月27日、支部青年会と同少年会の合同による「野菜収穫体験」を実施。少年会員16人を含む30人が参加した。当日は、農業を営む上家康穣・同支部青年会委員長宅に集合。親子連れの参加者たちは、ビニールハウスのミニトマトを摘み取り、収穫の喜びを味わった。, 【「政治と宗教」を思案する – 視点】安倍元首相の銃撃事件以降、にわかに「政治と宗教」の問題が浮上した。そもそも「政治と宗教」が“問題”として認識されるのは、「近代」以降の――つまり「西洋」型――社会に特有の現象である。今日の世界情勢では、たとえば人工妊娠中絶をめぐる米国の「宗教右派」の動向にも、この問題の一端が表れている。そこには、家族や性をめぐる価値観が多様化していく時代的趨勢の中で、“伝統的”価値観を重んじる宗教勢力が、政治の力を借りてでも自らの影響力を強めようとする姿が浮かび上がる。一方、政治の側は、宗教に票田やマンパワーとしての役割を期待する。そこにあるのは、紛うことなき「政治と宗教」の依存関係の構図である。だが、この問題の根はさらに深い。日本を含む「西洋」型社会では、信教の自由は、法によって保障されてこそ個人の権利として認められる。その意味で、宗教団体が政治から完全に自由になることはあり得ない。だが同時に、宗教は本来、法や政治といった人間/世界の次元を超えた理念を目指すものである。翻って私たちは、こうした緊張関係の視点から、『稿本天理教教祖伝』第十章「扉ひらいて」を読み直すことができるのではないだろうか。そこには、つとめの完成のために心定めの重要性を説かれる教祖と、教会設置の必要性を痛感して苦悶される初代真柱様を中心とする先人との、緊迫感漲る言葉のやりとりがある。その中で発せられたのが、「律ありても心定めが第一やで」という、よく知られる教祖のお言葉であった。このお言葉の意味は明瞭でも、その含蓄は実に深い。ここにはまさに、近代社会が内包する政治/法(律)と、宗教/信仰(心定め)の“葛藤”が映し出されている。その意味では、実は私たちもまた、教祖の思召を受けて思案し、談じ合った先人たちの時代と地続きの時代を生きていると言えるだろう。こうした視点に立てば、「律ありても心定めが第一やで」という教祖のお言葉も、この時代を生きる私たちの心に、新たな響きをもって届くのではないだろうか。(島田), 【親に甘える友人に冷たく接してしまう – 人生相談】Q. 何か困ったことがあると、すぐに親に助けを求める女性の友人がいます。成人しても親に甘える姿が子供っぽく見えるためか、つい冷たく接してしまいます。どうすれば、友人との付き合いを上手に続けることができるでしょうか。(20代女性)A. お道の信仰生活で人間関係を考える場合、大切なことは、次の「おふでさき」に教えられています。せかいぢう神のたあにハみなわがこ一れつハみなをやとをもゑよ(四号79)せかいぢういちれつわみなきよたいやたにんとゆうわさらにないぞや(十三号43)すなわち、人間は皆、親神様の可愛い子供であり、他人はいないということです。その大きな思いで人間関係を築き、「感謝・慎み・たすけあい」の陽気ぐらしを目指すことを教えられています。人間は、親神様のご守護によってご縁を頂き、大勢の人々と関わって人生を歩んでいます。時には、苦手な人や嫌な人とも出会うでしょう。その中で、教祖は「人間の反故を、作らんようにしておくれ」(『稿本天理教教祖伝逸話篇』112「一に愛想」)と教えられました。どんなときも相手を兄弟姉妹と思い、互いにたすけ合って暮らすことが肝心と教えられたのです。境遇の違う人との出会いは、自分を陽気ぐらしに導いてくださる親神様のお計らいだと考え、心を広く持って付き合えば、人間の親である親神様は、きっとお喜びくださいます。どうしてもストレスが溜まってしまう場合は、少し距離や時間を置いてみてはいかがでしょう。別の付き合い方が見えてくるものです。回答者:平澤勇一 (磐城平大教会長・福島教区長)