人間の親である神様は、子供を困らせたり、苦しませたり、罰を与えたりはなさいません。教祖は、忠七さんの心づかいや行いについてはふれられずに、ドン底まで届いたのだからこれから先は結構になると、優しく諭されました。だから忠七さんは、信心していたにもかかわらずこんな目に遭ったのではなく、信心していたおかげでこれくらいで済んだのだと、悟ることができたのでしょう。熱心に信心していても、病気や事情で悩むことはあります。それは、親神様が私たちに、早く陽気ぐらしができる心に成人してほしいとの親心から、お見せくださっているのです。「たんのう」とは、与えられた如何なる姿にも親心を悟り、成ってきたことを、これで結構、ありがたいと前向きに受けとめる心の治め方をいいます。逆境を、ただ我慢するのでなく、たんのうの心で踏ん張れば、必ずや運命は切り替わり結構な姿をご守護いただけるのです。