「後々は結構なことやで」突然の災難に対する心の治め方親神様は、子供である人間を苦しませようとはなさいません。※『稿本天理教教祖伝逸話篇』………信仰者一人ひとりに親心をかけ、導かれた教祖のお姿を彷彿させる二百篇の逸話が収められていて、教理の修得や心の治め方について学ぶことができます。慶応四年(一八六八年)の梅雨時のこと。大雨が降り続いて、あちこちで川が氾濫し、田や家が流される大洪水となりました。入信して五年になる山中忠七さんの家でも、持ち山が崩れて大木が埋没し、田地が一町歩(三千坪)ほども土砂に埋まってしまうという大きな被害を受けました。かねて忠七さんの信心をあざ笑っていた村人たちは、「あのざまを見よ。阿呆な奴や」と、思いきり罵りました。それを聞いた忠七さんは残念に思い、お屋敷へ帰って教祖(天理教教祖・中山みき様)に伺うと、「さあ/\、結構や、結構や。海のドン底まで流れて届いたから、後は結構やで。信心していて何故、田も山も流れるやろ、と思うやろうが、たんのうせよ、たんのうせよ。後々は結構なことやで」と、お聞かせくださいました。忠七さんは、大難を小難にしていただいたことを心から親神様にお礼申し上げました。(『稿本天理教教祖伝逸話篇』「結構や、結構や」から)