天理時報2022年10月26日号8面
【第29話 終わってしまうものは一つとしてない – ふたり】どうして人間が一言主の神さまなどというものを信仰したがるのか、わかる気がした。人は生きているあいだに一度は、「この願いだけはどうしてもかなえてほしい」と思うことがある。長く生きていれば一度では済まないかもしれない。先のことはわからないが、そのときの「この願い」は、絶対にかなえてもらわなければならない。カンが一言主の神さまに託した願いは、ツツたちが事故に遭わないことだった。それがあの子にとっての、どうしてもかなえてもらわなければならない「願い」だった。いままた一言主の神さまにすがりたくなるような、重大な困難が立ち現れていた。のぶ代さんと保苅青年が新太の様子を見ておかしいと思ったのは、全身が紫色になっていたからだ。それは身体のなかの血がうまく流れていないことを示している。二人はすぐに救急車を呼んだ。運び込まれた病院で応急措置を受けた子どもは、検査のために街の大きな病院に移されることになった。ほどなく原因がわかった。心臓を仕切っている壁に穴が開いているため、血液が逆流しているらしい。かなり大きな穴なので、手術をして塞いでやる必要がある。幼児には負担の大きい手術だった。手術が原因で起こってくる別の病気の心配もある。医者から説明を受けたあとで、のぶ代さんは言った。「ずっと水のなかに潜っている感じ。苦しくて息ができない」息ができない人たちはどうするのか? たとえば一言主の神さまにお願いをする。苦しくて息ができないときに束の間、空気を吸い込めるところ。それが海上の小島に鎮座する、生涯に一つだけ願い事をかなえてくれる神さまなのだろう。「新太はわたしのおなかのなかで、小さな卵から魚になり、鳥になり、ようやく人間になった。何十億年をたった十カ月で生きたのだから、少しくらいミスがあるのは仕方ないよね」のぶ代さんは自分に言い聞かせるように、これから胸にメスを入れられようとしている幼児に語りかけるように言った。わたしはこんなことを想った。いまこのときも、魚になったり鳥になったりしながら、数知れぬ胎児たちが母親のおなかのなかで育っている。いろんな子どもたちが生まれてくる。そして誰かが、一言主の神さまに祈っている。地球は静かに回りつづけ、海は満ち干を繰り返す。遠い海の彼方から昇った太陽の光が島の木立の奥に届くと、そこをねぐらにする小鳥たちが目を覚ます。彼らのさえずりで、一言主の神さまは宇宙の果ての深い夢からゆっくり戻ってくる。潮の香り、風の香り、命の香り。木々の葉が静かに揺れている。終わってしまうものは一つとしてない。朝の光のなかで、わたしも新太のために祈った。作/片山恭一 画/リン, 【悲願の日本一 29年ぶり頂点に立つ – 天理大柔道部男子】全日本学生体重別団体 初V天理大学柔道部男子は10月15、16の両日、兵庫県尼崎市のベイコム総合体育館で行われた「全日本学生柔道体重別団体優勝大会」に出場。熱戦の末、初優勝に輝いた。同部の全国大会優勝は、1993年の「全日本学生優勝大会」以来29年ぶりの快挙。チームの主将を務める中野寛太選手(4年)は、天理高校柔道部時代の2018年、27年ぶりのインターハイ団体戦優勝に貢献。その後、同部の仲間と共に天理大へ進学し、大学でも日本一を目指してきた。日本一の扉こじ開けた6月に行われた「全日本学生柔道優勝大会」では、準決勝で国士舘大学に敗北。このとき穴井隆将監督(38歳)は「敗因は私にある。学生は天理らしい柔道で最後まで戦い抜いた」と語り、悔しさをにじませた。これ以降「自然体で仲間を信じよう」と選手に呼びかけ、自身も大会前には厳しく鼓舞していた姿勢を改め、あえて練習中も距離を取って見守ってきた。今大会では、準々決勝で国士舘大との“リベンジマッチ”に勝利。準決勝で日本体育大学を4‐0で破り、大会連覇中の強豪・東海大学との決勝に臨んだ。決勝戦のメンバーには、中野主将をはじめ7人中6人、天理高出身選手が名を連ねた。先鋒の顕徳大晴選手(同)が引き分けると、次鋒の邊川湧大選手(同)が反則勝ちで先勝する。続く水上世嵐選手(同)は引き分けたが、中堅の植岡虎太郎選手(同)、三将の古志侑樹選手(3年)が敗れる。後がない状況で畳に上がった中野主将は、「チームのために勝つ」と必死に足技を仕掛けていく。すると試合終了間際、中野主将の猛攻に耐えきれなかった相手が場外へ出たことで三つ目の指導が与えられ、中野主将が反則勝ちを収めた。大将戦を前に2‐2となり、試合内容の差から引き分け以上で優勝が決まる運命の一戦は、中村洸登選手(4年)が引き分けに持ち込み、2‐2の内容勝ちで優勝を決めた。関西勢として同大会で初めて頂点に立つとともに、同部として29年ぶりの日本一に輝いた。穴井監督は「学生たちは本当によく頑張ってくれた。おまえたちは強いから、いつも通りの力を発揮しろ、信じていると言って畳へ送り出した。ようやく日本一の扉をこじ開けることができたので、もっと強い天理をつくれるよう精進したい」とコメント。喜びの涙を流した。中野主将は「頼りない主将だったけれど、部員たちが最後までついてきてくれた。最後に、しっかりと勝つことができて良かった」と笑顔を見せた。