米国が強いられる三つの戦略正面 – 手嶋龍一のグローバルアイ21
ニッポンにはいま、三つの方角から暗雲が重くのしかかっている。一つ目はウクライナで繰り広げられている”プーチンの戦争”だ。石油価格などの高騰で人々の暮らしを苦しめている。二つ目は”習近平の中国”が台湾の武力解放を視野に攻勢に出ていることだ。中ロ両国は連携を強め、日本列島を取り巻くうねりは刻々と高まっている。三つ目は、核強国を目指す北朝鮮が東アジアの安全保障にとって脅威となりつつあることだ。
激変する東アジアの安全保障環境を米国の視点から眺めてみよう。バイデン政権は発足当初、持てる全ての力を台湾危機に振り向け、中国の武力介入を阻止するべく抑止力を高めようとしていた。だが1年前、ロシアのウクライナ侵攻が起きたことで、戦車などをゼレンスキー政権へ提供して大規模な支援を余儀なくされた。ウクライナと台湾という二つの戦略正面に対応を迫られる事態となってしまったのである。
この隙を衝くように”金正恩の北朝鮮”は、米国を射程に収める大陸間弾道ミサイル「火星17」を完成させ、人民軍の創建75周年のパレードで誇示してみせた。日本周辺の海域でもミサイルの発射実験を繰り返して、米国の強大な軍事力を朝鮮半島にも割かざるをえないよう巧みに仕向けている。
超大国アメリカが第三の戦略正面にも力を振り向ければ、”プーチンのロシア”と”習近平の中国”にとっては大きな助けとなる。米国がウクライナと台湾に振り向ける力を大きく殺いでしまうからだ。
冷戦の終結後、中国とロシアは、北朝鮮が核を持つことを心の底では喜んでいなかった。核は自分たちのような大国が独占し、朝鮮半島に大乱が再び起きることも望んでいなかった。だが、ウクライナの戦いと台湾危機の深まりは、潮目を決定的に変えてしまった。米国の圧倒的な軍事力を北朝鮮にも向けさせる――そうなれば大きな助けになると中ロ両国は読んでいる。戦後のいかなる時期と比べても、いまのニッポンは圧倒的に峻烈な戦略環境に置かれている。もはや日米の安全保障の盟約も、この国の守り神だと安心してはいられない。