使い込んだ『逸話篇』を父に – 読者のひろば
匿名(40代男性)
会社を経営し、仕事一筋だった父親が昨年、退職した。以来、父が住む実家を訪ねる機会が増え、父と過ごす時間が長くなった。口数は少なく、人に弱みを見せない父だったが、二人きりの時には年相応の悩みや身体の不調を相談してくることもあった。
最近、特に変わったことがある。お道の信仰に消極的だった父が、お道の本を読み始めたのだ。
ある日、父と話していると、『稿本天理教教祖伝逸話篇』26「麻と絹と木綿の話」が話題に上った。その中で、父の持っていた『逸話篇』の文字が小さくて読みづらいと話していたので、私が使っていたものを父に譲ることにした。
後日、父に『逸話篇』を手渡すと、何かを考えるようにして、その場に佇んだ。実は、私が手渡した本は年季の入った20年もの。学生生徒修養会や修養科などで肌身離さず持ち歩いたもので、当時貼りつけていた付箋も残ったままだった。
父は、使い込んだ私の『逸話篇』を手に取り、何か思うところがあったのかもしれない。父が見せた優しい眼差しと、小さくつぶやいた「ありがとう」のひと言に、胸が熱くなった。
教祖は、『逸話篇』を通じて、親子で道を通るありがたさを伝える機会を与えてくださったのだと思う。その親心溢れるお導きに感謝しつつ、これからは父と共に、ひながたの道を歩ませていただきたい。