「この節を共に乗り越えたい」 – 被災地ドキュメント 能登で奮闘する布教師のいま
2024・4/10号を見る
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輪島「朝市通り」で神名流し 珠洲で引退馬による支援に
角居勝彦さん
60歳・鹿島大教会大輪布教所教人
石川県輪島市
「なむてんりわうのみこと――」。元日に震度7の地震と大規模火災に見舞われた石川県輪島市の「朝市通り」に、一人の男性布教師の勇ましい声が響く。3年前、JRA(日本中央競馬会)の調教師を勇退して布教師へと転身した角居勝彦さん(60歳・鹿島大教会大輪布教所教人)は、輪島市内の布教所の御用をつとめる傍ら、大規模火災の爪痕が色濃く残る「朝市通り」で神名流しを続けている。さらに、珠洲市内に開設した「珠洲ホースパーク」では、引退馬を活用した復興支援活動をも模索している。「被災した人たちと共に、この節を乗り越えたい」と、地元・能登で奮闘する角居さんのいまに密着取材した。
地震から2カ月半が経過した3月18日午前10時半。ハッピ姿の角居さんは、拍子木を携えて布教所を出発。閑散とした焼け跡の町で、たった一人、神名流しを始めた。
数々の名馬を育て上げ、「競馬界のレジェンド」と称された名伯楽。その絶頂期に突如、調教師から布教師へ転身した3年前。その直後から、布教所の月次祭の日に欠かさず神名流しを続けてきた。輪島塗の漆器を扱う商店や、魚介類の干物が並ぶ露店でにぎわう観光名所「朝市通り」を歩くときは、そこかしこで店員らとあいさつを交わしていたという。
現在も火災による瓦礫が両側を覆う通りに、「よろづよ八首」を奉唱する声と拍子木の甲高い音が響き渡る。
途中、拍子木の音を聞きつけて玄関先に出てきた男性が、声をかけてきた。前日に放送された、引退馬支援に取り組む角居さんを特集したテレビ番組「ショートストーリーズ #36 優しい調教師と6頭の馬――石川 珠洲市」(NHK金沢放送局)を見た男性が、番組の感想を角居さんに伝えにきたのだ。
「被災地復興のめどが立たないなか、神様に祈るしかないとの思いで一人、神名流しを続けている。輪島のシンボルである『朝市通り』に神名を流すことで、被災された人々に勇気を与えることができるかもしれない」
地元教友のおたすけに通い
午後、輪島港付近の仮設住宅で暮らす川谷内陽子さん(68歳・輪島分教会別席運び中)と真之介さん(41歳・同教会ようぼく)親子のもとへ向かった。
輪島塗を生業とする川谷内さん一家。一昨年、真之介さんに胃がんが発覚。転移が見られ、「先は長くない」と医師に告げられるなか、所属教会の三谷正寿会長(68歳)による懸命のおたすけで、がんの進行が緩やかになるというご守護を頂いた。
地震発生時、川谷内さん親子が命からがら外へ逃げ出した直後、自宅1階が倒壊。その夜、火の手が上がる「朝市通り」を避難所から目撃した。
「すべてを失い、心を倒しかけた」ものの、信仰にすがった親子は、教会が被災した三谷会長と相談のうえ、大輪布教所で参拝するようになった。
角居さんは仮設住宅に着くや、真之介さんにおさづけを取り次ぎ、持参した御供を手渡した。
親子と別れた後、角居さんが次に向かったのは、地震の影響で半壊し、屋根が崩れたままの住宅だった。
ここには80代の女性教友が一人で住んでいた。女性はいま、親族を頼って滋賀県へ避難している。地震翌日の1月2日、角居さんが女性のもとを訪ねたとき、家の中に雨が降り込むなか、女性は一晩を過ごしたという。
◇
地震発生時、角居さんは布教所の2階にいた。激しい揺れに見舞われ、「座った状態で両手で床を押さえるのが、やっとだった」。
地震が収まると、各方面へ連絡しようとしたが、通信障害により不通。まずはおつとめが勤められるようにと、散乱した布教所神殿の片づけに取りかかった。
明けて2日、女性教友宅の状況を確認した角居さんは、女性が避難するまでの数日間、布教所で預かった。
「幸い、布教所には元旦祭のお下がりがあり、食事を作ってくださったので私もたすかった。互いにたすけ合って、なんとか生活していた」
また、三谷会長が身を寄せて運営をサポートしていた避難所にも駆けつけ、救援物資の仕分け作業なども手伝ったという。
馬と子供が復興の手伝いに
3月19日未明の午前3時半。起床し、神殿掃除に取りかかる。続いて『天理教教典』第一章拝読、十二下りのてをどりまなびを終え、6時から朝づとめを勤めた。
7時、出発。この日は、珠洲市の「珠洲ホースパーク」へ向かった。
調教師時代から、引退馬支援の活動に取り組んできた。2023年8月、餌やりや乗馬体験などを通じて引退馬と触れ合うことができる「珠洲ホースパーク」をオープン。近隣の宿泊施設などと連携し、馬との触れ合いツアーによって地域創生を図るプロジェクトを立ち上げた直後の震災だった。
8時半、到着。飼料を準備した後、馬の体調を整えるため、騎乗して海岸へ向かう。
道中、自衛隊の救援車両とすれ違い、笑顔であいさつをする。
「馬は理屈なしに人を笑顔にしてくれる。馬を散歩させることで、災害救援に取り組んでくださる人たちと接点を持つきっかけにもなる。長期にわたる救援活動で疲弊した心を、少しでも癒やすことができれば」
甚大な被害に見舞われ、いまだ復興の兆しも見えない能登地方。角居さんは直後から避難所へ足を運び、手伝いに駆け回った。そんななか、長期にわたる避難生活に疲弊する子供や、地元を離れざるを得ない子供が多くいることを知り、ある思いを抱いた。
「子供たちに地元での楽しい思い出をつくってやれないだろうか――」
そこで思いついたのが、子供が馬と共に“災害ごみ”を集積場まで運ぶ支援活動だ。実現に向け、小柄な体躯のポニーにリヤカーを連結して引かせるトレーニングを始めた。
「馬と共に地元復興のお手伝いをした経験は、子供たちにとって、きっと特別な思い出になる」
このほか、引退馬を活用した復興支援として、ホースセラピー(動物療法の一つ)を通じて被災者の心を癒やすことや、地震の影響などで放棄された土地で馬を放牧し、人が入れるようにするなど、さまざまな取り組みを計画している。
この日、角居さんとポニーが集積場に到着すると、誘導に当たるスタッフが近づいてきた。ポニーに慣れ親しんでいるスタッフは、笑顔で角居さんと言葉を交わしていた。
◇
2022年秋、「諭達第四号」の発布を受け、教祖140年祭に向けて「ようぼくを3人お与えいただく」ことを心定めした。未曽有の被害をもたらした地震の大節に込められた親神様の思召を思案し、自分にできるおたすけに力を尽くそうと心を砕く。
「調教師時代、どうにもならないつらい状況に陥ったとき、親神様の思召を思案し、その節を乗り越えた先に、必ず結構な姿をご守護いただいてきた。今回の地震にも、親神様の思召があり、私たちようぼくの成人をお促しくだされていると思う。神名流しと布教所での御用、私の徳分としてお与えいただいた“馬を扱うこと”を通じて、これからも被災地の復興を願って諸活動に取り組み、被災した方々と共に、この節を乗り越えていきたい」
文・写真=加見理一
■角居さんを取り上げた過去の記事をご覧いただけます。
馬をたすけ 人をたすけ
名伯楽・角居勝彦がめざす「陽気ぐらし」
作家・片山恭一氏が角居さんを取材し、書きおろしたドキュメンタリーの書籍が好評発売中。調教師を引退して活動拠点を奥能登へ移し、天理教の布教師として人々に寄り添う一方、引退馬支援やホースセラピーの普及促進に奔走する角居さんの姿が描かれている。道友社刊。定価1,760円(税込)。