感謝の心で丁寧に生きて人さまのために心を砕く 高知の老舗旅館「城西館」若女将 藤本理美さん – ようぼく百花
明治7年創業の高知の老舗旅館「城西館」。若女将の藤本理美さん(39歳・下街分教会ようぼく)は、元NHK高知放送局アナウンサーという異色の経歴を持つ。地域の視聴者に親しまれた“夕方のテレビの顔”から、老舗旅館の若女将へと転身を果たす中で、信仰者としての成人につながる“気づき”があったという。新型コロナウイルス感染拡大により大打撃を受けた旅館に、少しずつ客足が戻りつつある現在、お道の教えを胸に奮闘する若女将の“明日へのChallenge”とは――。
JR高知駅前の、とさでん交通高知駅前停留所から路面電車で20分。高知城の城下町にある城西館は、皇族や各界名士をはじめ、県内外の多くの宿泊客に利用され、親しまれてきた。
「ようこそ、お越しくださいました」
着物姿の藤本さんが、玄関口で宿泊客を笑顔で迎える。フロントへ案内すると、すぐに周囲を見渡し、チェックアウト待ちの人などに声をかけていく。
1階エレベーター前には、藤本さんが季節に合わせてフラワーアレンジメントを施した「若女将コーナー」がある。「こうした装飾一つとっても、お客さまの心を癒やしたり、お客さまとの会話を弾ませたりすることにつながる」と話す。
観光目的の宿泊客には、アナウンサー時代に担当した情報番組の経験を生かし、県内の観光スポットを案内する。
「若女将の仕事は、接客から裏方までさまざま。まだまだ勉強中の身だけれど、これまでの経験をすべて生かすことができる仕事だと思う」
社訓に現れる“信仰のにをい”
信仰4代目。祖父が教会長を務める、ようぼく家庭の長女として生まれ、高校2年からは一家で教会に住み込んだ。
その後、東京藝術大学へ進学。新設の音楽環境創造科でコンピューターミュージックを専攻し、「将来はCMやゲーム音楽を制作したいと思っていた」。
そんななか、父親の英則さん(72歳・下街分教会長)の勧めで、大学2年時に「学生生徒修養会・大学の部」を受講。同年代の仲間たちの信仰姿勢に刺激を受けた。
「ねりあいの時間に聞いた話や、積極的に信仰を学ぼうとする姿に感化された。以来、信仰者としての自覚が芽生えてきた」
卒業後、NHK高知放送局へ。4年間、平日夕方放送の地域情報番組のアナウンサーとして県内各地へ取材に赴き、観光情報を伝える中で、多くの応援の声をもらった。その一方で、辛辣なコメントを耳にすることも。「『テレビに映る仕事だから』と覚悟はしていたが、傷つくことも少なくなかった」と振り返る。
こうした悩みを両親に打ち明けたとき、「日々の感謝を忘れずしっかりと勤めていれば、画面越しにでも道の信仰者としてのにをいが伝わる」と諭された。
「両親の言葉が心に響き、忙しい中も日々の感謝を忘れないこと、お道の人らしいにをいを醸し出せるように心がけることを意識するようになった。すると、批判の声も叱咤激励と思えるようになり、心が軽くなった」
2011年、NHKを退局。城西館常務取締役の藤本幸太郎さん(42歳)との結婚を前に修養科を志願し、あらためてお道の教えを学び直した。
修了後は若女将として勤めることになったが、接客の経験はなく、カメラの前で原稿を読むときとは違って、宿泊客に適切な言葉づかいができる自信はなかった。周囲からの期待や心配の声を耳にするたびに、老舗旅館の若女将という肩書へのプレッシャーが募った。
そんななか、城西館初代女将から受け継がれている「社訓」を教わった。
“縁を大切にする”
“褒められて反省、叱られて感謝 全て何事にも謙虚”
「社訓を通じて初代女将の人柄にふれるとともに、アナウンサー時代に両親から諭された言葉が脳裏に浮かんだ」
その後、女将としての範を求め、初代女将の伝記『城西館――藤本楠子伝』を読み込む中で、初代女将の母親が熱心な天理教信者だったことを知る。
「初代女将が母親から受け継いだ“お道の信仰のにをい”が、社訓に現れているように感じた。親神様は、先案じばかりしていた私の不安を取り除いてくださったと思えた」
「人のために」と考えられるように
若女将となった藤本さんは、感謝の心を胸に、宿泊客一人ひとりに居心地よく過ごしてもらうためのこまやかな応対に力を尽くした。また、人手が足りないときは作業着に着替え、商品に使用する野菜の種まきや収穫をしたり、宴会場の後片づけなどの仕事にも精を出したりした。丁寧な接客、丁寧な仕事を心がけるうちに「人のためになることをより一層考えられるようになった」。
3年前、東京2020オリンピックの聖火ランナーに選ばれた。ところが、コロナ禍の影響で五輪が延期に。城西館も一時休館を余儀なくされ、自身も聖火ランナーを辞退しようと考えた矢先、宿泊客などから多くの励ましのメッセージが届いた。
「コロナという大節を通じて、家族やお客さま、先代の方々への感謝の念を一層強くした。何より、いま生かされていることへの感謝を、親神様・教祖にお伝えしたいとの思いで走った」
また、コロナ禍のさなか、教友が経営する塾の講師を週4日引き受けることに。生徒から学校生活の悩み相談を受けることもあり、「自分にできるおたすけの実践にもつながっている」。
さらに、11歳と8歳の息子と共に教会の月次祭に参拝し、少年会行事などにも親子で積極的に参加している。
「私のこれまでの人生は、折々にお道の信仰に支えられてきた。子供たちを親神様・教祖にお守りいただけるよう、しっかりと信仰をつないでいきたい」
◇
現在、城西館の運営は徐々に平常時に戻りつつある。若女将になって10年が経つなか、城西館ホームページで若女将のブログを更新するなど、さまざまなチャレンジを続けている。
「どんなに忙しくても、感謝の心で日々丁寧に生きることを意識したい。その積み重ねが、私自身の成人にもつながると思う。人が見ていないところでの心づかいを親神様が受け取ってくださると信じ、これからも人さまのために心を砕いていきたい」
文=加見理一
写真=根津朝也