水の宅配便 – Well being 日々の暮らしを彩る 4
2025・2/19号を見る
【AI音声対象記事】
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ペットボトルの水を届けてもらっている。ひと箱が二リットルのペットボトルの十本入り。一回の注文でまとめて四箱が常だ。玄関から数歩入った、上がり框に置いてもらう。その分お礼に何らかの品を。冬は温かい缶珈琲、夏は冷たいペットボトルのお茶、ときどき除菌ティッシュの大判を。「助かります」「ごちそうになります」。快く運んで毎回お礼まで言ってくれる。
最近、配達の業者が変更になった。今度の業者は置き配を選択できるという。「これは便利」とホッとした。良好な関係とはいえ気疲れはあったのだ。除菌ティッシュの買い置きがないとわかって焦ったり、湯煎の缶珈琲が熱くなりすぎたり。お茶は冷凍庫に入れておくが、完全に固まっては飲めないから、シャーベット状になるあたりで忘れず出す。着くはずの時間帯には玄関チャイムを聞き落とさないよう、音の出る家事は控え、トイレにいても落ち着かず。
置き配にすれば、それらの気疲れから解放される。
置き配の場所も選択できる。玄関ドア前、メーターボックス、自転車のかごなど。「玄関ドア前」を指定した。
置き配の初回。スマホに「お荷物お届け完了」の報せが来た。早速玄関ドアを開けると……開かない。わが家のドアは外へ押し開ける扉だが、ほんのわずかでつかえてしまう。隙間から覗くと、ドアを阻むのは水の段ボール箱。指定どおり玄関ドア「前」に置いていったのだ。水一リットルが一キロだから二リットル×十本×四箱で八十キロ! 隙間から手で押してもドアごと押しても、どう頑張っても動かない。閉じ込められた?
わが家はマンションの一階だ。ドアと反対側にひと続きの庭があり、緊急避難通路を兼ねている。窓から庭へ出て、玄関へ外から回り、ひと箱ずつずらしてどうにか開けた。上階だったらどうなっていたか。
数歩先の上がり框へ載せようとして……持ち上がらない。歯を食いしばれば持ち上がるかもしれないが、必ずや腰を痛める。下に置いたまま手と足を使って、上がり框の際まで押していき、その場で開梱し、一本ずつ載せていった。
この重さの箱を四つも、毎回嫌な顔ひとつせず運び入れてくれたとは。いかに助けられていたことか。除菌ティッシュや飲料では労いきれないありがたさだ。失ってはじめてわかった。さりとて置き配の便利さも捨てがたく。
一回あたりの開梱作業を軽減すべく、注文は二箱ずつにする。玄関前には「置き配をありがとうございます。この紙より後ろにお願いします」と書いた紙を貼っておくことにした。