パニック障害の身上は“神様からのプレゼント” – 修養科の四季
第970期 バシュール紗織さん 30歳・フランス・黎明分教会所属
6年前、フランス人の夫と結婚して間もないころ「パニック障害」と診断されました。いつ発作が起こるか分からず、薬を服用しながら生活していました。
そんななか一昨年、夫の転職を機にフランスへ移住することに。慣れない土地や言語に苦しむなか、追い打ちをかけるように新型コロナウイルスに感染。軽症で済んだものの、自粛生活で精神的に弱ってしまい、これまで経験したことがない大きな発作に見舞われたのです。以来、「生きているのがつらい」と思うほど追い詰められ、涙を流す日が続きました。
そんなある日、ふと頭に浮かんだのが修養科でした。
早速、夫に相談するも、未信仰の彼の理解は得られず、自宅近くのヨーロッパ出張所へ通うように。出張所では、所長さん夫妻をはじめ多くの教友の皆さんが温かく迎えてくださいました。
その後も出張所へ足を運ぶ中で、心身ともに次第に元気になっていく私の姿を見た夫が、「紗織が元気になるのなら」と、修養科に入ることを認めてくれたのです。
「人たすけたらわがみたすかる」を体感
身上をご守護いただきたいと、3歳の娘を連れて志願しましたが、環境の変化や慣れない集団生活からか、症状が悪化。発作が起こりそうになるたびに、周りの人におさづけを取り次いでもらいました。
2カ月目のある日、詰所での夕づとめの際に発作に見舞われました。逃げ出したい気持ちと葛藤しながら、なんとか最後まで勤めましたが、苦しさで涙が止まりませんでした。
夕づとめ後、身上者におさづけを取り次ぐ時間が設けられていました。私は取り次いでもらうばかりでしたが、この日はなぜか「苦しいときこそ人さまのたすかりを願わせていただこう」と思ったのです。そして、仲間のたすかりを願い、おさづけを取り次いだところ、私自身の発作の症状が不思議と消えていったのです。「人たすけたらわがみたすかる」の教えを体感した瞬間でした。
以来、自らの身上のことばかり考えるのではなく、人のたすかりを願おうと、身上を抱えた人に積極的におさづけを取り次がせていただくようになりました。すると頻繁にあった発作の回数が減り、3カ月目にはほとんど起きないようになったのです。
当初は「パニック障害をたすけていただきたい」と志願した修養科でしたが、3カ月間の親里での生活を通じて、「この身上は神様が私に下さった“プレゼント”なんだ」と思えるようになりました。いまも時折、発作が起こることがありますが、これも、同じ身上を抱える方に寄り添えるようにという神様の思召と受けとめています。
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修了後、夫がおぢば帰りをして別席を運び、ようぼくの仲間入りを果たしました。フランスの自宅で発作が起きたときは、夫がおさづけを取り次いでくれています。
現在、働きながら時間を見つけてはヨーロッパ出張所でひのきしんをさせていただいています。
これからも修養科での学びを忘れず、明るく勇んで通らせていただきたいと思います。