混迷深める“プーチンの戦争” – 手嶋龍一のグローバルアイ18
ウクライナの大地に砲声が轟き渡って早や8カ月が経った。開戦当初は、首都キーウは間もなく陥落すると多くの軍事専門家が予測していた。だが、プロフェッショナルの見通しは外れ、戦いは長期に及んだまま互いの犠牲者が増え続けている。「戦争は錯誤の葬列だ」と評されるが、“プーチンの戦い”はまさしくその通りの展開を見せている。
彼の地で戦火が止むには二つのケースしかない。第一はウクライナ、ロシアのいずれかが完敗して白旗を掲げる。第二は戦いをひとまず中断して話し合いのテーブルに就く。だが、ウクライナ軍はいま、東部と南部の前線で攻勢を強めており、ゼレンスキー大統領は奪われた領土をすべて取り戻すまで断固として戦い抜くと国民に約束している。一方で、ロシアのプーチン大統領は、2014年に強制的に併合したクリミア半島、そして新たにロシア領に併合した四つの州を放棄するような事態となれば政権は崩壊すると考えている。両国の姿勢に隔たりが拡がる中では、キーウとモスクワがひとまず戦闘の停止に合意し、外交交渉に応じるきっかけは見つからない。
クリミア大橋が爆破され、報復にウクライナ全土のエネルギー施設が空爆される情勢下では、ウクライナに大量の武器を提供している米国のバイデン政権が乗り出し、ゼレンスキー政権に交渉のテーブルに就くよう説得するしかない。だが、当のバイデン大統領は「ウクライナには領土の割譲を一切求めない」と言い切り、話し合いの芽を自ら摘んでしまった。そのうえゼレンスキー政権もNATOへの参加申請に動き、停戦の切り札となる「中立化」のカードを破り捨ててしまった。
プーチン大統領は、このほど強制的に併合した四つの州に戒厳令を敷いた。これは強気を装う独裁者が追い詰められている証左である。日本をはじめG7各国は、いまこそ結束してバイデン政権を突き動かし、和平交渉のテーブルにロシア、ウクライナを就かせる時である。人類が核戦争の深淵を覗き見ている中で、被爆国ニッポンに躊躇う理由などないはずだ。