「国家」がうまく機能しない!- 手嶋龍一のグローバルアイ2
「昨年度だけで幹部職員が30人もやめていきました。新年度になっても若手の退職申し出が止まらない。先ほどまで皆で説得に努めていたのですが……」
大学院で指導した教え子の結婚式で隣り合った巨大官庁の官房長が、そう明かしてくれた。中央省庁は深夜の居残りで、いまや「ブラック霞が関」と嫌われ、国家公務員の志望者は年ごとに減っている。だが、事態は若者の役所離れにとどまらない。国家システムが崩れる兆しと見るべきで、危機はより深刻なのである。
21世紀に入って国境の壁は低くなり、人々は自由な往来をより楽しむようになった。だが、新型コロナウイルスがすべてを変えてしまった。防疫体制は各国が国単位で取り組まざるを得ない。その結果、新型コロナ感染症に直面した現代の国家が非常事態にどれほど機能を発揮するか――。各々の国家は、いま存在意義を問われている。
こうした有事に遭遇して、わがニッポンは残念ながら国際競争で明らかに取り残されている。コロナの死者数は欧米に比べて1万人余りと少ないように見える。だが東アジアでは、台湾の10人余りを筆頭に迅速な対応で各国はコロナ禍をよく抑え込んでいる。一方で、死者の数が多い欧米・中東では、ワクチン接種に国を挙げて取り組み、イスラエルですでに6割、英国も5割の国民に接種を終え、経済活動を軌道に乗せつつある。
これに対して日本の接種率は、まだ1%台に低迷している。敗戦の痛手を乗り超え、国民皆保険制度を達成して世界の称賛を浴びた国とは思えない。中央と地方政府の連携が十分でなく、国家のリーダーは、厚労省、医薬品業界、医師会の既得権に阻まれ、迅速で有効な手を打てずにいる。
戦後永く続いた平穏に慣れ、われわれはいつしか有事に立ち向かう覚悟と備えを怠ってしまった。だが、いまからでも遅くはない。医療崩壊を起こした地域に派遣する病院船を建造して防衛省に運営を委ね、感染症の医療・研究スタッフだけでなく、情報を収集・分析する専門スタッフを擁する国家の機関を創設して、この国に眠る底力を国際社会に示す時だと思う。
手嶋龍一
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として9・11テロ事件の連続中継を担当。代表作に『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』、『外交敗戦』、最新作に『鳴かずのカッコウ』など多数。