ありがとうポスト – おさづけ拝戴を迷っていたときに
“ようぼくの心構え”を教えてくれたHさんへ
松田恵美子(51歳・大義分教会ようぼく・東京都大田区)
信仰初代の私は、おさづけを取り次いでもらった経験が数回しかありませんでした。教えを求め、別席を運んでいたものの、おさづけの理を拝戴すべきかどうか迷っていた時期が続いていました。
そうしたなか、2年前の春、80代男性の教友Hさんが転倒して足を骨折し、入院しました。おさづけを取り次がせていただきたいと思っても取り次げない状況に、おさづけの理の拝戴を願い出ていなかったことを後悔しました。
所属教会の会長さんに、ようぼくとして歩んでいきたい旨を伝えたうえで、「今の私にできることは何ですか?」と尋ねました。その際「手を合わせ、神名を唱えて、その方のたすかりを願うように」と教えられました。これをきっかけに、「今はおさづけを取り次げなくても、週1回はお見舞いに行こう」と心を定めました。
もともと足が不自由だったHさんは、このままでは寝たきりになるかもしれません。不安を抱えながら、病室の天井を眺めるだけの日々を過ごしてほしくないと思い、他愛もない会話をたくさんしました。
当初は私が病室を訪ねても、「仕事もあって大変なのでは」と恐縮しておられたHさんですが、毎週お見舞いを続けるうちに、修養科やにをいがけに回ったときの思い出話をしてくださるようになりました。
1カ月ほど過ぎた5月2日、おさづけの理を拝戴させていただくことになりました。Hさんに報告し、「戻ったら取り次がせてくださいね」と伝えると、「待っているよ」と笑顔で見送ってくれました。
初めての取り次ぎの日。とても緊張しましたが、Hさんのたすかりを願って、無我夢中で取り次がせていただきました。
以後も、毎週通わせていただく中で、ある日、取り次ぎの最中に看護師さんが入室してきたことがありました。思わず手を止めかけたのですが、看護師さんのことを気にするそぶりも見せず、手を合わせたままのHさんを見て、最後まで取り次ぐことができました。このとき、Hさんの姿から“ようぼくとしての心構え”を学ばせてもらったように感じました。
Hさんはその後、一度は退院したものの、肺炎で再入院。昨年1月、安らかに出直されました。
Hさんとの出会いがあったからこそ、「病む人におさづけを取り次がせていただきたい」と強く思うようになりました。また、いつでもどこでもおさづけをという、ようぼくとしてのつとめの大切さを教えてもらいました。
Hさん、ありがとう。どうぞ、これからの私の成人の姿を見守っていてください。
感謝の手紙募集中!
〒632-8686
天理郵便局私書箱30号
FAX 0743-62-0290
Eメール = [email protected]
※いずれも、天理時報「ありがとうポスト」係