髭の時代 – 世相の奥 最終回
2026・3/25号を見る
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議会制度は、19世紀のおわりごろからあった。いわゆる帝国議会が開催されている。衆議院と貴族院の二議会である。
興味深いことに、議員の多くは髭面であった。口髭、顎髭、頬髭と、はやしかたは一定しない。しかし、とにかくそりおとしている者は、ほとんどいなかった。衆議院と貴族院に、この点についての違いはない。
今の国会議員に髭をのばしている人は、ほとんどいない。あっても、鼻の下にチョビ髭をたくわえるぐらいだろう。また、戦後に登場した女性議員は、髭などはやしようもない。
昔の議員は、髭でいばっていたのだと思われようか。民主化された今の時代に、尊大そうな容姿はふさわしくない。それで、髭面はきえたのだと考える人もおられよう。
じっさい、20世紀前半にセレブともくされた男たちは、多く髭をのばしていた。国会議員だけにかぎらない。陸海軍の指導者、学者教育者、その他公的な名士たちも、たいていそうだった。えらそうな様子を強調した髭のスタイルも、なかったわけではない。カイゼル髭、八字髭などである。
ただ、実業界の人たちは、そうでもない。新しい一万円札の肖像にえらばれた渋沢栄一の肖像を、ためしにながめてみた。戦前を代表する経済人だが、髭はない。顔はつるんとしている。そう言えば、旧一万円札の福沢諭吉も、髭はそっていた。
公的な世界のえらい人には、士族が多かったろう。貴族院は華族でしめられていた。大日本帝国の身分的な上位をしめす記号に、髭はなっていたのかもしれない。
実業界の人びとは、士農工商という区分のなかだと、商人になる。旧時代には、侍たちの前でへりくだることを余儀なくされていた。そんな身分意識は、明治期にも残存したのだろうか。経済人が髭を自粛した一因は、そこにあるような気もする。
ただ、江戸時代の侍たちは、あまり髭をはやしていない。幕府の重役たちも、たいていそっている。のばしていたのは、職にあぶれた浪人たちであったろうか。髭でいばりだしたのは、明治以後に西洋の感化をうけてからである。
明治大正昭和の歴代天皇は、髭をたくわえた。平成以後はそっている。髭から脱却する世間の歴史は、おくればせながら天皇家へもとどいたらしい。
井上章一・国際日本文化研究センター所長






