甍越しに広がる萌黄色の景 人との向き合い方の模範に – 逸話の季
2026・4/22号を見る
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新年度のはじめに、いくつかうれしい報せが届きました。卒業生や在学生たちの進路の報告です。どうやら、目指していた進路に向けて一歩を踏み出すことができたようです。まだ、将来の方向性が決まっていなかった人たちが、少しずつ自分の未来を築いていく姿は、この時季の若葉が成長する様子に重なります。暖かな日差しを浴びて伸びゆく新緑のように、これからもっと大きく成長していってほしい。そう願っています。
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高井直吉の懐旧談に「教祖程、へだてのない、お慈悲の深い方はなかった。どんな人にお会いなされても、少しもへだて心がない。どんな人がお屋敷へ来ても、可愛い我が子供と思うておいでになる。どんな偉い人が来ても、『御苦労さま』。物もらいが来ても、『御苦労さま』。その御態度なり言葉使いが、少しも変わらない。皆、可愛い我が子と思うておいでになる。それで、どんな人でも皆、一度、教祖にお会いさせてもらうと、教祖の親心に打たれて、一遍に心を入れ替えた」と伝えられています。
『稿本天理教教祖伝逸話篇』「一九五 御苦労さま」
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教祖のひながたから、学ぶべき人生の指針はたくさんありますが、こうした教祖の人との向き合い方は、間違いなく多くの人々の模範になるはずです。特に後進の指導や若年層の教育にかかわる人々は、誰に対しても同じ言葉使いで「御苦労さま」と声をかけられた、この教祖のお姿を常に念頭に置いてさえいれば、きっといつでも目の前の相手と上手く向き合うことができるでしょう。
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私事ですが、教員になってもうすぐ30年になります。振り返ると多くの若者たちと出会い、その成長する姿を目にしてきました。教員になって最も良かったと感じることの一つは、素直に誰かの幸せを願いながら、人の成長を見守る経験を得られたことです。すべての人間を「可愛い我が子」と思う教祖の親心には及ぶべくもありませんが、教祖のひながたを心の支えにしながら、これからも若葉の成長を見守っていきたいと思っています。
文=岡田正彦









