「ひながた」以前の真実の心 – 視点
2026・4/22号を見る
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今春、『天理教校論叢』第48号が天理教校より刊行された。
その中に、昭和7年から天理図書館より発行されていた外字新聞である『Tenrikyo』の、英語面に連載された“Foundress Life History”と、その日本語文(「天理教教祖」)が、松田理治・本部員の解説とともに掲載されている。
この日本語原文の執筆者は、山澤為次著『教祖御伝編纂史』の中で、中山正善・二代真柱様であると紹介されている。
教祖50年祭と立教100年祭に向け、教祖伝編纂に情熱を傾けられていた若き日の著作になる。
その内容は、『稿本天理教教祖伝』の第一章と第二章で扱われている事柄に近い。
特筆すべき点は、それまでの教祖に関する伝記の多くが、出生の場面から話が進められているのに対して、現在の『教祖伝』がそうであるように、立教に関する場面から書き始められていることである。
それとともに、ここでもう一つ着目したい点は、この著作では、天保9年の立教に至るまでの教祖のご事歴が記されたうえで、それが「しんじつ」という小見出しのもとに、まとめられていることである。古い文献の中には、この道が始まるに当たっては、「立教の三大いんねん」(やしきのいんねん、教祖魂のいんねん、旬刻限の理)に加えて、教祖のどうでも人をたすけたいという真実の心が天の理に適い、親神様が天よりその心を見澄まされ、「月日のやしろ」とされたと記しているものがある。
「月日のやしろ」となられるまでの真実の心が強調されているのである。
『教祖伝』では、天保9年以後を「ひながた」として強調するため、立教までの史実は簡潔に記されている。
しかし、それまでのご事歴が大事でないかというと、そうではない。「ひながた」ではないが、天理に適った真実の心で通られたのであり、そこを学ばせていただくことも意義深いことであると思案する。
『教祖伝』を読み深めさせてもらううえでも、貴重な文献であるということができよう。
(山澤)









