不易と流行 – 視点
2026・5/20号を見る
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筆者がお預かりする教会では、「水車の如く、止まらずに回り続ける」との思いで、「水車隊」と名づけた布教隊が、神名流し、路傍講演、戸別訪問の布教実動に毎月励んでいる。若い世代からすれば、いかにも“オールドスタイル”で、「昔ながらのやり方をやみくもに続けていてもしょうがない。もっと時代に合ったやり方があるだろう」と言いたくなるかもしれない。
時代に合ったやり方といえば、昨今盛んになってきたSNSを活用した布教には、筆者も大きな可能性を感じている。実際、先日もSNSで天理教に興味を持ったという若者からアクセスがあり、親里を案内したばかりである。今後もその利用者は、ますます増えていくだろうし、SNSを活用した布教活動は、これからも積極的に考えていくべきであろう。この点に関して、筆者も若い世代からいろいろと教わりたいと思う。
一方で、若者には“オールドスタイル”の価値にも目を向けてほしいと思う。水車のように回り続けていると、不思議な出会いを見せていただけるのが、この道の信仰の醍醐味である。
数年前、水車隊の仲間と神名流しをしていたときのこと。道に迷っている女性に気がついた。筆者は列から離れて声をかけ、道案内をした。後日、その女性は教会まで御礼に来てくださった。そこから縁がつながり、いまでも教会に参拝してくださっている。
その方は海外でも活躍するピアニストであり、自身のそうした徳分から何かできることはないかと考え、今夏、長年トリオを組む東欧ポーランドの演奏家と共に天理でコンサートを開催してくださることになった。回り続けた水車のような布教実動が、こうしてポーランドからのおぢば帰りへとつながっていったのである。
不易と流行――いつまでも変わらない本質的なものを大切にしながら、時代に応じて新しいものを取り入れていく、という考え方である。布教の形は多様であっても、信仰者としての“本質”といえる「神様に働いていただく」という姿勢と、そこに至る自らの心構えと日々の通り方を顧みることを忘れてはならないと思う。
(金山)









