天理時報2024年2月28日号2面
【共に学びを深めひながたの実践へ – ルポ ようぼく講習会】親里では現在、ようぼくを対象とした行事が随時開催されている。その一つ、教養室が主催する「ようぼく講習会」は18日、おやさとやかた東左第4棟および第5棟で開かれ、計56人が受講した。2023年6月にスタートした同講習会は今年、「おさづけは有難い」をテーマとするプログラムを追加したほか、従来の1日コースのほかに「1泊2日コース」を新たに二つ設けるなど、受講者のニーズに応えられるよう一層の充実を図っている。ここでは、「教祖」をテーマに開催された当日の様子を詳報するとともに、このほど親里で実施されたようぼく向けの行事の内容をあらためて紹介する。午前8時半すぎ、おやさとやかた東左第4棟の合併教室に、受講者たちが集まってきた。各自ネームホルダーに記載された班番号を確認し、スタッフの案内で席に着く。9時、講習会スタート。吉川万寿彦・教養室次長のあいさつの後、受講者たちは班ごとに所定の教室へ。班のメンバーがテーブルを囲むと、世話係の進行で自己紹介が始まった。 続いて、飯降力本部員が「教祖の面影と50年の道すがら」をテーマに講義。スライドを使って教祖の主なご事歴を紹介する中で、道すがらの前半では「貧のどん底」をお通りになり、後半は「おつとめの完成」に向けて歩まれたとして、教祖は50年の間、周囲の無理解や反対攻撃の中も諦めることなく、根気よく人々を導かれたと話した。講師の話に真剣に耳を傾ける受講者(18日、おやさとやかた東左第4棟で)講話の後、班ごとに振り返りの時間が設けられた。講義を通しての気づきを話し合うなか、ある受講者は「御苦労は、教祖にとっては決して苦労ではなく、人間の側から見て親に御苦労をおかけしたという意味だと初めて知った」と感想を述べた。逸話篇もとに親心を学ぶ午後のプログラムは、グループタイム「逸話篇を共に読み深めよう」からスタート。ここでは、『稿本天理教教祖伝逸話篇』を、当時の背景事情などを説明した参考資料をもとに読み深めていく。「正解はありません。皆さんの率直な考えを聞かせてください」。世話係の司会のもと、受講者それぞれの考えを述べ合う。ある人は他人の意見に共感し、ある人は自身の学びを人と共有するなど、いずれの班でも活発な意見交換がなされた。グループタイムでは、世話係の司会のもと、活発な意見交換がなされる(同)この後、松村登美和本部員が「教祖と共にある喜び」と題して講話に立った。その中で、教祖のひながたは決して昔話ではないと前置きしたうえで、自身が教祖のお導きを感じたエピソードを披露。現在は教祖140年祭活動の旬にあるとして、教祖の親心にお応えするために、ひながたを目標に教えを実践するよう促した。最後のグループタイムでは、「教祖の親心にお応えするためには」をテーマにねりあい。自身が教祖を感じた体験や、自分にできるひながたの実践について語り合った。今回初めて受講した益田彩乃さん(36歳・庄関分教会ようぼく・山口県下関市)は、「これまで知らなかった、教祖の逸話の背景などを知ることができて、とても有意義な時間になった」と話した。また、後藤琴美さん(26歳・石岐分教会ようぼく・岐阜市)は4回目の受講。「班のメンバーが違うので毎回、新しい気づきが得られる。これからも教祖のひながたについて学びを深めつつ、所属教会の行事にも積極的に参加していきたい」と抱負を述べた。文=高田悠希, 【帰って来る子供 – おやのことば・おやのこころ】多く寄り来る、帰って来る子供のその中に、荷作りして車に積んで持って行くような者もあるで。『稿本天理教教祖伝逸話篇』79「帰って来る子供」フクジュソウ2010年12月、国際学会の帰り途でニューヨークに立ち寄りました。音楽の殿堂・カーネギーホールの響きを味わうチャンスだと思い、嬉々として公式サイトを調べると、その日の演目はサイトウ・キネン・オーケストラの『幻想交響曲』。食道がんの手術を乗り越えた小澤征爾氏の復帰公演でした。「アメリカまで来て、日本人の演奏か……」という考えが浮かばなかったわけではありませんが、いまとなっては貴重な場に居合わせたものだと思います。氏の訃報に接し、ライブ音源を聴き直すと、病み上がりの75歳とは思えない生命力に満ちた名演。再会を喜ぶ奏者との生き生きとしたコミュニケーションが、そのまま音になって溢れ出ているようでした。齋藤秀雄に基礎を叩き込まれ、カラヤンやレナード・バーンスタインら超一流の指揮者の薫陶を受けた小澤氏。療養中に受けたインタビューでは「先生の指揮を見ていると、だいたい分かるんです。ああ、この人はこういうことをこういうふうにやろうとしているんだなと。そういうふうに分析的に見る。だからそのまま真似しようという気持ちになれません」と語る一方で、それができたのは学生時代、実地に指揮経験を積んだおかげとも話しています。音楽家に限らず、偉大な先人たちの技術やイメージを受け継ぐことは容易ではないでしょう。だからこそ、師の中に多くのプレゼントを見いだした小澤氏の生き方と音楽は、世界中で愛されているのかもしれません。(大塚), 【中田表統領被災地慰問 -「令和6年能登半島地震」】中田善亮表統領は2月14、15の両日、「令和6年能登半島地震」の被災地を視察。石川教務支庁をはじめ、石川県内の避難所や、被災した12カ所の教会および布教所を慰問したほか、現在も懸命の支援活動を続けている災害救援ひのきしん隊(=災救隊、橋本武長本部長)の隊員たちにねぎらいの言葉をかけた。14日、中田表統領は大きな被害に見舞われた輪島市に入り、避難所となっている輪島中学校を訪問。三谷正寿・輪島分教会長の案内のもと、避難所の様子をつぶさに見て回った。この後、同じく被害甚大な珠洲市へ。角居雅一・石川教区長の案内を受けながら、避難所である正院小学校へ足を運び、その後、被災した教会を慰問した。また、災救隊本部隊の宿営地2カ所を訪問し、現地で活動する隊員たちを激励した。15日には羽咋、七尾の両市と中能登町の被災教会を慰問。各教会に集まった教友に、お見舞いの言葉を述べた。(21日記)