天理時報2024年2月21日号3面
【鼓笛隊員の困った行動が目立つ – 人生相談】Q. 今年から教会の鼓笛隊スタッフを務めています。最近、一部の隊員が練習中に遊びだすなど、困った行動が目立つように。注意しようと思う半面、「練習に来なくなるかも……」という不安に駆られて躊躇してしまいます。どう向き合うべきでしょうか。(20代女性)A. 将来、親神様の望まれる陽気ぐらしができる道の子供たちを育成することが、お道の鼓笛活動の目指すところだと思います。縦笛ではなく横笛の楽器にしているのも、鳴物の篠笛が吹け、おつとめが勤められるようにとの思いから、と聞いています。この思いを忘れずに指導に当たることが何より大切でしょう。さて、わが子を育てることも大変ですが、他人の子供を育てることはなおさらです。「若い者寄り来る処厄介、世界から見れば厄介。なれど道から厄介ではない。道から十分大切。(中略)年の行かん者我子より大切、そうしたなら、世界からどういう大きい事に成るやら知らん。すれば、そんだら何が間違うてある。日々という、言葉一つという、これ聞き分けてくれるよう」(おさしづ明治26年6月19日)と教えられます。心のこもった「言葉一つ」で子供を育てることが大切だと教えられています。まずは褒めることが大切です。褒めて、一つ注意する。また、一日の練習目標を設定することや、練習と休憩の時間を仕切ることも必要です。当然ながら、一人で悩まず、先輩の指導者に相談することも解決策の一つです。教内では「TFA式陽気ぐらし子育て講座」が紹介されていますので、参考にしてもらえればと思います。回答者:平澤勇一(磐城平大教会長・福島教区長), 【“人だすけの種蒔き”という御用 – この旬に一歩成人】志茂道博さん(57歳・髙河分教会教人・大阪府島本町)支部が主催する行事や活動に、12年にわたり参加している。コロナ禍の影響で、ここ数年は思うように動けない日々が続いたが、そんな中でもポスティングなどの、感染対策に配慮したにをいがけを続けてきた。規制が緩和されて伸び伸びと活動できるようになってからは、教祖140年祭を目指して支部が掲げる「50万軒にをいがけ」に向け、実動に拍車を掛けている。昨年の「全教一斉にをいがけデー」では、普段のにをいがけ活動の倍の参加者が集まった。なかには、以前まで参加をためらっていた人の姿もあり、一層勇んでにをいがけに取り組むことができた。「デー」で得た勇み心そのままに、いまも支部活動に積極的に参加している。一軒一軒、頭を下げて訪ね歩くなか、〝人だすけの種蒔き〟という有り難い御用をさせてもらっていると実感する。「諭達第四号」に「身上、事情で悩む人々には、親身に寄り添い」とお示しいただく。この一節を指針として、悩める人にたすけの手を差し伸べ、ゆくゆくは教会へ足を運んでもらえるよう、これからも地道に実動していきたい。, 【その踏ん張りを支える力添え – 視点】能登半島地震から1カ月半が過ぎたが、いまだに復興への見通しは立っていない。被災者の苦難と苦悩、将来への不安は計り知れず、なおも彼の地から心を離さず祈りたい。阪神・淡路大震災以降、大規模な自然災害に見舞われた人々のメンタルケアが問われるようになった。災害ストレスの研究によると、直後の混乱状態から少し時間が経過したころ、「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)が表れ、その症状は被災者の5~10%に認められるという。代表的な症状に、思い出したくない出来事を思い出してしまう、悪夢を伴う不眠、または音などに過敏に反応してしまう、その出来事を考えることを避けたり、喜怒哀楽の感情が麻痺したりする――の三つがあり、うつ病やパニック障害を併発する場合も多い。また、被災者だけでなく、救援者にもPTSDを発症するリスクがある。なかでも、生死を分ける現場に直面したり、長期にわたって活動に従事したりした人に、より高い発症率が見られるという。とはいえ、被災者の生活環境が次第に整うにつれ、9割方は落ち着きを取り戻していく。なかには、人生の危機を経験したことで、何らかの肯定的な心の変容がもたらされるという最新の研究報告がある。これは「心的外傷後成長」(PTG)と呼ばれ、“逆境後の成長”を意味する。東日本大震災から5年後の2016年、被災した福島県民2千人を対象にPTG調査が行われた。その結果から、次のような心的変化が少なからず生じていることが分かった。「他者との関係」(家族や友人との関係、地域の結びつきを実感)、「視野の広がり」(新たな行動を起こすような価値観の変容)、「人間としての強さ」(柔軟性、寛大さ、精神的タフネス等を自覚)、「精神的変容」(精神的・宗教的な成長を経験)、「人生への感謝」(当たり前と思っていた生活や人生への感謝の念)など(第69巻「日本公衆衛生雑誌」第2号、2022年)。こうした研究は2000年代に本格化したばかりで、知見の蓄積は十分ではない。しかしながら、人が深刻な困難に向き合い、それを“意味ある経験”として認知できたとき、信念や行動が再構成されるのだという。私たちの教え「節から芽が出る」の一端を示す学説といえようか。「もうあかんかいなあ/\というは、ふしという。精神定めて、しっかり踏ん張りてくれ。踏ん張りて働くは天の理である、と、これ諭し置こう」おさしづ明治37年8月23日もとより、その踏ん張りを支える兄弟姉妹の力添えも、誠の親は期待されていると思う。(松本)