天理時報2024年1月31日号1面
【たすかりと治まりを願い 丁寧に慎重に、ゆっくりと – 逸話の季】清らかで凍てつく空気が朝の神苑を包む。明治20年陰暦正月二十六日、教祖のお身上迫るなか、先人は「命捨てても」との心を定め、おつとめに臨んだと伝えられる。当時の情景をまぶたに浮かべつつ、難渋する人々のたすかりと、世界の治まりを願って、静かに手を合わせる。(この写真をプレゼントします。詳細はこちら)冬至がすぎて立春も近づき、少しずつ日が長くなってきました。とはいえ、まだ手のかじかむ寒さが続いています。子供たちが拾ってきたどんぐりが芽を出し、大きく成長したクヌギの木は、冬枯れのあとに今年も大きく刈り込みました。毎年、ほぼ丸刈りにしますが、それでも春になると新しい枝がぐんぐん伸びて、初夏には色鮮やかな新緑に覆われます。枯れ木のような無彩色の樹皮の内側は、春を待つ生命の息吹に満たされているのです。*厳寒のある日、泉田藤吉がおぢばへ帰らせていただいたところ、教祖は膝の上で小さな皺紙を伸ばしておられました。そして、「こんな皺紙でも、やんわり伸ばしたら、綺麗になって、又使えるのや。何一つ要らんというものはない」とお諭しくださいました。このあと泉田は、喜び勇んで大阪へかえり、より一層熱心におたすけに回ったのです。『稿本天理教教祖伝逸話篇』「六四 やんわり伸ばしたら」*何かを包んで折り目や皺がついた紙は、容易に元の状態には戻りません。だから大抵は、もう一度使おうとせずに捨ててしまいます。しかし、教祖は「こんな皺紙でも、やんわり伸ばしたら、綺麗になって、又使える」と仰せになりました。慎重に、そして丁寧に、ゆっくりと皺を伸ばしていく作業には時間がかかります。それでも、たんたんと膝の上で皺紙を伸ばす教祖のお姿には、あらゆる人に救いの手を差し伸べられる深い親心を感じます。*よく似たエピソードを伝える逸話の一つに、「人のたすけもこの理やで。心の皺を、話の理で伸ばしてやるのやで」とも仰せになっています(同「四五 心の皺を」)。傷ついた人の心を癒やし、複雑に入り組んだ心の葛藤を解きほぐすのは、たやすくありません。教祖のように、丁寧に慎重に、ゆっくりと人と向き合う姿勢が不可欠でしょう。また、きれいに伸ばした皺紙は、しばしば「おふでさき」の書写に使われました。やんわり皺を伸ばした、不ぞろいの紙に書き記された「おふでさき」は、ようぼくの使命である「たすけ」の一つの究極の姿を象徴しているのではないでしょうか。文=岡田正彦この写真をプレゼントします。詳細はこちら