天理時報2023年10月25日号3面
【「ようぼく一斉活動日」へ勢いをつけ「しまね陽気ぐらし県 躍進の集い」- 島根教区】会場の一つ、出雲市の平田文化館には382人の教友が参集した(10月1日)島根教区(稻葉治郎教区長)は9月30日と10月1日、教会や公共施設など3カ所で「しまね陽気ぐらし県 躍進の集い」を開催。3会場合わせて延べ921人の教友が参加した。この集いは、同教区青年会が目標に掲げる「しまね陽気ぐらし県」の実現を後押しするとともに、29日に実施される「ようぼく一斉活動日」(主催=教会本部)に向けて、管内ようぼくの意識を高め、教祖140年祭活動を一手一つに勇んでつとめることを目的に開かれたもの。同教区では、昨年の「諭達第四号」発布後に「教祖140年祭準備委員会」を設置。同委員会のもとに教区の各会が連携し、会報やSNSのLINEを活用するなどして、集いへの参加を積極的に呼びかけてきた。◇当日は、山中忠太郎本部員(本部直属大和眞分教会長・天理よろづ相談所病院院長)が「生かされている喜び――かしもの・かりもの」と題して講演した。その中で、山中本部員は「心や体は使わなくなると、だんだん衰えていき、さまざまな能力が発揮できなくなる」として、「身の周りに起こってくる事柄を神様のメッセージとして悟るような心の働きが重要」と強調。日々、陽気ぐらしのための心づくりに努めるよう呼びかけたうえで、「『神様のご守護はありがたい』と感じる喜びをエネルギーに変え、ようぼくとしての御用をつとめさせていただきたい」と語った。稻葉教区長(59歳・松江分教会長)は「集いを通じて、『ようぼく一斉活動日』に向けた教区の動きを勢いづけたいと思った。活動日には、身内や知人を誘って一人でも多く参加してもらい、三年千日活動をつとめるようぼくを増やしたい」と抱負を語った。なお、同教区では第1回「ようぼく一斉活動日」の会場を19カ所設けている。当日は多くの会場で、参加者同士がテーマに沿った「対話」を行うプログラムが持たれる予定だ。(島根・西村代表社友情報提供), 【高校生の娘が妊娠していた – 人生相談】Q. 高校3年生の娘から、妊娠したことを打ち明けられました。娘は複数の男性と関係を持っていたようで、誰の子供か分からないと言います。妻はすでに他界しているので、相談相手がなく、途方に暮れています。(50代男性)A. 起きてくるすべてのことは、親神様が私たちを陽気ぐらしへと導いてくださる「てびき」であるとお聞かせいただきます。しかし、そう思えるには、時間が必要な場合もあります。予期しない妊娠は、先々の生活に少なからず影響しますし、短期間での判断を迫られることもあります。一般的には、養育を自分で行う、親に任せる、養子縁組など、実情に合わせて検討しますが、専門の支援団体もありますので、ここでは心の置きどころについてお答えします。近年のトラウマ研究では、人が受け入れ難い現実を経験した際、その克服には「報いと癒やし」が必要だといわれます。お道では、なるほどという日を将来お見せいただくことが「報いと癒やし」につながるでしょう。私も数年前、受け入れ難い出来事を体験し、この三年千日に毎週、おぢばでひのきしんをすることを心に定めました。来週で50回目を迎えます。そんななか、共にひのきしんに勤しむ教友がたすかっていく姿を何度もお見せいただき、「報いと癒やし」を得て、現実を受け入れることができました。親神様のご守護は、誰もが分け隔てなく頂けるはずです。年祭までの間に、修養科の志願など、いま父娘にできる信仰実践に努める心を定めてみてはいかがでしょう。回答者:堀 健一(家庭支援プログラムアドバイザー・晃栄理布教所長), 【AIと宗教の関わりに思う – 視点】いまやインターネットで情報を調べるのは当たり前になった。特にスマートフォンの普及が拍車を掛け、現代人は勉強や仕事、ニュースへのアクセス、買い物など、なんでもネットで行う時代である。そしていま、情報社会は人工知能(AI)の登場で、さらなる大変動が起きつつある。米オープンAIが開発した生成AI「ChatGPT」は、何か質問をすると、ネット上の大量のデータに基づき、自然な文章で直ちに答えが返ってくる。また簡単な指示を与えれば、詩や短編小説を書いたりもする。それは情報検索のみならず、文化や社会活動にも影響を及ぼす革新技術として脚光を浴びている。今後AIは進化を続け、その活用はさまざまな分野に広がるだろう。なかでも言論の分野は、人間の思考や行動に多大な影響を与えるがゆえに、その活用方法に懸念が示されている。その一つに、AIと宗教との関わりがある。たとえば、「ChatGPT」を使って伝統宗教などの説教原稿を書くこともできるという。あるカトリック教会では、AIロボットが信徒との対話に応じている。またムスリム向けの礼拝アプリもあり、日本の寺院でもAIロボットが法話を行うと聞く。このように、宗教界も積極的にAIを受け入れる動きがある一方で、宗教の本質が損なわれるのではと憂慮する声もある。一考すべきは、その技術や倫理の問題のみならず、信仰を伝える根本姿勢であろう。それは単なる情報伝達ではない。宗教の理解には教義の論理的な説明は必要だが、同時に、宗教体験によって得る実感は心の拠り所となる。教えの中身を味わって知り、体験して納得するものが信仰理解の要といえるのではないか。お道では、教えを伝える手本は教祖のお姿にある。教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、それぞれの身になって分かりやすく説き聞かせ、あるいは筆に記し、また親神様のお働きを目の当たりに示し、身をもって行いに表して、うまずたゆまず教え導かれた。いかに科学技術が進歩しても、AIは人間にはなれない。心の成人を目的とするこの教えには、人間同士が心を通わせ、身につけることが何より不可欠だと思う。(加藤)