天理時報2023年10月11日号6面
【“思いやりの心”を受け継いで – 読者のひろば】佐野かおり(42歳・奈良県桜井市)先ごろ、中学2年生の娘とその友人たちと共に、4年ぶりに「こどもおぢばがえり」団参に参加しました。私どもの所属する隊では、高校生以上は育成会員用のえんじ色のポロシャツを着て、少年会員の世話取りに当たるのが恒例となっています。団参の前日、自分用のポロシャツを用意していたところ、それを見た娘が突然「今年は、私もえんじ色のポロシャツが着たい」と言いだしました。訳を聞いてみると、以前「こどもおぢばがえり」に参加した際に、娘の班に付いていたスタッフの女の子が、夜中に子供たちの部屋を見て回り、「ちゃんと寝られている?」「疲れてない?」などと声をかけてくれたそうです。そんな優しい“お姉さん”の姿に憧れ、娘はひと足先にスタッフとして子供たちの世話取りをしたいと思ったようです。母親としてとても微笑ましく、頼もしく感じました。団参中、娘は一スタッフではなく副班長として、年下の子供たちに積極的に声をかけるなど、率先して世話取りをしていました。「こどもおぢばがえり」を通じて、子供たちが“思いやりの心”を受け継いでいく姿を垣間見ることができ、うれしく思いました。再来年、高校生になった娘がえんじ色のポロシャツを身に着ける姿を見るのが、いまから楽しみです。, 【それが青空と分かるには – 成人へのビジョン18】「なんでほこりの心づかいがあるんですかねえ。ハナっから優しい心の人間ばかりつくればよかったと思うんですが」。修養科から詰所に戻ってきた彼は、納得いかない様子で私に尋ねます。お道の勉強をすればするほど疑問が湧くようで、教養掛の私は質問攻めにされる毎日です。ときに私は彼の質問を疎ましく感じる一方で、「親の言うことを幼子が信じなかったら何も立ち行かない。だから教えに対する素直さは大事だよ。けれど、疑問は疑問として大切にしたらいい。それは神様の思召を尋ねる緒(いとぐち)にもなると思う」と、調子のいいことを言っています。「神がいるなら、なぜこの世に悪があるのか」とは、人間の真摯な問いの一つ、痛切な叫びとして、古今東西さまざまな変奏をもって語られてきました。きっと彼の素朴な疑問は、人々の幸福を願う精神の発露なのだと思います。さて“無痛病”というものがあります。正式名「先天性無痛無汗症」。生まれつき痛みを感じる神経や発汗機能が発達せず、痛みや温度を感じない(感じにくい)、汗をかかないという病気です。痛みを感じないがゆえに体の異変に気づけず、したがって容易に外界の危険を察知できないのです。誰もが忌避する痛みの感覚は、人間の生存のうえに大切な働きを担っているのです。ほこりの心づかい、強いてそれ自体に意味を見いだすとすれば、ほこりが絶無である状態をイメージするといいかもしれません。ほこりのために傷つくことも、傷つけることもなく、心を澄ます必要のない世界。それは同時に、そこは危ないよ、それ以上進んだらいけないよ、苦しくなるよ――そうしたメッセージが存在しない世界でもあります。そのとき果たして私たちは、他者を思いやったり、優しさを受け取ったり、苦しみに寄り添ったり、幸福を嚙み締めたり、人生の意味に思いを巡らせたりすることができるのでしょうか。イラスト・かにたづこある写真家が「一面が青空の写真なんてものはない。そこには雲があり、電柱があり、鳥がいる。青だけでは、人はそれが青空だと分からない」と述べていました。至言だと思います。可児義孝, 【「平和への大胆さ」統一テーマに -「世界宗教者平和の祈りの集い」】世界の主だった宗教・宗派の指導者たちが一堂に会し、世界平和への祈りを捧げる「世界宗教者平和の祈りの集い」(聖エジディオ共同体主催)が、9月10日から12日にかけてドイツ・ベルリンで開催。本教からは長谷川善久・ヨーロッパ出張所長や山口英雄・大ローマ布教所長ら6人が参加した。この「集い」は1986年、当時のローマ教皇の提唱により、カトリックの聖地イタリア・アッシジに世界の宗教者が集まったことを嚆矢とするもの。翌年以降、カトリックの在家団体「聖エジディオ共同体」の主催のもと、ヨーロッパの各都市で開かれ、本教も86年の第1回から、ほぼ毎年招待を受けている。今年は「平和への大胆さ」の統一テーマのもと、20の分科会が持たれ、本教は分科会の一つ「アジアの宗教と平和への追求」に出席。神社本庁、天台宗などの代表者と共に、長谷川所長がパネリストとして登壇した。長谷川所長はスピーチの中で、天理教の信仰生活の基本は神への報恩感謝の思いを込めた「たすけ合い」を通して、ご守護の喜びを分かち合うことにあると説明。「私たち宗教家は“共感する心”を人々から引き出し、暴力のない調和の取れた生活を指導しなければならない」「信仰心が薄い人に対しても利他的行動を促すような取り組みが、社会からますます求められている」と訴えた。最後に、天理教が長年、里親や災害救援などの活動を継続していることにふれ、神の子供である人間は皆兄弟姉妹であり、年齢や性別、障害の有無にかかわらず、一人ひとりは尊厳ある存在であるとして、「神への祈りと人だすけの宗教的価値を、胸から胸へと伝え続けることが私たちの使命である」と述べ、スピーチを締めくくった。閉会式では、平和宣言の採択に続き、平和への誓いを込めて、ろうそくに火が灯された。