天理いきいき通信2023年7月号2面
【諦めなければなんとかなる!? – わたしのクローバー】三濱かずゑ(臨床心理士・天理ファミリーネットワーク幹事)1975年生まれ「いつか絶対、痛い目に遭うからな」。結婚する前から夫に言われ続けてきた言葉です。その「いつか」が、ついにやって来ました。親切な方との出会い長女の入学式で九州へ行った帰り道、駅に向かって暗がりを歩いていると、後ろで道を尋ねる男性の声が。見れば、スーツ姿で大きな鞄を持った、いかにも、といった格好です。「入学式ですか?」と声をかけると、さわやかな笑顔が返ってきました。「長い式でしたね」と疲れ果てた私の言葉に、「そうですね。でも今日が終わると、寂しさが募ってくるんでしょうね」と、しみじみ言われます。大切に育てられてきたであろう息子さんは、偶然にも娘と同じ学部でした。新幹線で岡山へ帰るそのお父さまと、飛行機で帰る予定の私が、駅のベンチで話していると、「本日、強風のため電車が15分遅れます。ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」と突然のアナウンス。「えっ?嘘でしょ!」。頭が真っ白になりました。実は出発前、夫が電車の乗換案内を調べてくれていました。けれども、その電車では空港で1時間も待つことになる。時間の無駄だと感じた私は、2本あとの電車に乗ることにしました。それでも搭乗手続き締め切りの10分前には空港に到着するはずでした。「電車が遅れて飛行機に間に合わないかもしれない……」。平静を装いながら家へ電話する私に、隣でスマホを見ていたお父さまが、「新大阪まで行けたら、なんとかなりますか?」と尋ねられます。いまから乗れる新幹線がないか、調べてくださっていたのです。この緊急事態に、なんて親切な方だろう。思いやりの心あふれるご家庭の様子が、目に浮かぶようです。明日から娘と同じ学部で学ぶ息子さんも、きっと優しくて素敵な学生に違いない。わが子もまだ知らない同級生の姿を想像しながら、丁重にお礼を言って別れました。正反対の性格だからアナウンス通り15分遅れでやって来た電車の中で、冒頭の夫の言葉を思い出しました。飛行機に乗れなかったら、なんと言われるだろう。「何が起こるか分からないから」と、夫はいつも早めに行動する性格。一方の私は、「何か起こってから、どう対応するかが大切だ」と考える、行き当たりばったりの性格。正反対の性格だからこそ、互いに足りない部分を補い合い、成長し合うのが理想の夫婦なのでしょう。昨年、体調を崩して以来、「体と心に余裕を持つ」を心がけてきましたが、長年培ってきた性分は、そう簡単には変わりません。今度ばかりは、時間にルーズな自分自身を大いに反省しました。電車を降りると猛ダッシュでホームを走り、遅延証明書をもらって空港へ。カウンターへ駆け込み、必死に事情を訴えて、なんとか飛行機に乗り込むことができました。この期に及んでもなお、私が得た一番の教訓は、「最後まで諦めなければ、なんとかなる」でした。夫の苦言は、これからも続きそうです。イラスト・ふじたゆい, 【待ったことへのご褒美 – わたしのクローバー】川村優理(エッセイスト・俳人)1958年生まれ子どもたちは、待っていることが多いように思います。買い物に行ったお母さん、野球の試合を見に来てくれるはずのお父さん、いつか買ってくれることを約束された自転車……。私も小さいころ、母親の帰りを公園で待っていたり、父親の帰りを待ちきれずに、勤め先の小学校まで迎えに行ったりしました。待っている若者たちも多くいます。恋の告白への返事。自分に合った就職先に巡り会うチャンス。既読のついたLINEの返信……。待っている時間を、人は長く感じるものです。期待し、不安になり、時にそれは寂しさと悲しみの時間ともなります。年齢を重ねて待つ経験の数が増えれば、もう、あまり期待はしなくなりますけれど。新型コロナの流行に思う新型コロナウイルスの流行は、人々に待つことを強いてきました。命の危険にさらされた人も、仕事がうまくいかなくなった人も、就職や進学や結婚のチャンスを逃した人もいて、いつになれば健康で安全な毎日が戻ってくるのだろうと、人は待つことのつらさを共有しました。マスクや消毒が必須の生活となり、周囲の風景もずいぶん変わりました。私は、町に残されている江戸時代の古民家を利用した博物館で働いているのですが、コロナの感染拡大防止のために、すべてのイベントを中止し、飲食の提供もやめました。入館者も収益も減りました。イベントに使われたはずの時間と、人のいない静けさが、古い屋敷に残されました。古民家の蔵には、まだ開けていない箱、ページを開いていない書物、埃をかぶった道具があります。この機会に整理を進めようとして、それらすべての文物に、それぞれの時間があったことに気がつきました。彼らは、気の遠くなるような時間を、ここで待っていたのです。亡き父の言葉「冬とは増ゆ」この町で幕末に起きた事件について、その目撃者が書いた本を見つけました。難解なので大変な思いをして読みましたが、かつて、いくつかの冤罪があり、濡れ衣のまま亡くなった人がいたことを知りました。待つというのは、つらい思いをしたり損をしたりする時間なのでしょうか。我慢して待っていた人には、どこからか、何かおまけのようなものを頂けるといいな、と思います。「よく待っていたね。ごほうびをあげるよ」子どものころ、お母さんを待っていると、たいていご褒美がありました。「冬というのは、じっとしてエネルギーを増やす時間なんだそうだ。だから、増(ふ)ゆ」亡き父の言葉を思い出しました。児童文学に情熱を捧げた父は、いつも静かに原稿用紙に向かって、自分の世界を描いた人でした。出版のチャンスを待って10年。賞をもらうまで、さらに10年。待ったことへのご褒美が、父に届いたのかなと思います。イラスト・ふじたゆい