天理時報2023年6月7日号6面
【母のひのきしんの姿から – 読者のひろば】松浦悦子(71歳・奈良県生駒市)6年前、早朝に近所のごみ拾いを始めました。退職という人生の節目に、これまでの歩みを振り返り、4人の子供たちが独り立ちするまで育てることができた、そのご恩に気づいたことがきっかけです。何か恩返しをと考えていたとき、ふと頭に浮かんだのは、信仰熱心だった亡き母の姿でした。まだ私が幼かったころ、母は毎日のようにバス停のごみ拾いのひのきしんに早朝から出かけていました。そんな母の背中を見て育ったからか、自然と「母にならってごみ拾いのひのきしんをしよう」と思い立ったのです。ひのきしんをする日は、まだ太陽が昇らない時間帯に火ばさみとビニール袋を持って出かけ、自宅近くのバス停を経由するルートで1時間ほどかけて道端のごみを拾っていきます。バス停や道路がきれいになると、この年になっても元気にひのきしんをさせてもらえることへの感謝の心が湧いてきます。ひのきしんを続ける中で、知らずしらずのうちに母の信仰姿勢を受け継いでいたことに思いが至りました。母への思慕の念が強まるとともに、私も次世代へ信仰を伝えていかなければとの思いを新たにしました。これからも、子や孫の心にひのきしんの態度を映していけるよう、報恩感謝のごみ拾いを続けていきたいと思います。, 【年祭へ自ら育ち育てる心を培う – 「みちのだいおはなし会」】婦人会は2022年に続いて「みちのだいおはなし会」を実施している。これは、教祖140年祭に向けて、教祖の親心を感じ、教えを日々生かしながら自ら育ち、周りを育てる心を培うことを目的として、幅広い会員を対象に開催しているもの。今年の第1回は5月26日午後、東講堂で開かれ、461人が参加した。当日はまず、葛西いくえ山名支部弘森委員部長が「おたすけの中にたすかる種が」と題して登壇した。葛西さんは冒頭、事情を抱えたある兄弟のおたすけや、教会につながる女性ようぼくの喉頭がんを奇跡的にご守護いただいた体験などについて話した。そのうえで、長年おたすけに関わるなか、教祖が心を磨くようにと、いつもたすけの手だてを示してくださったように感じると述べ、「おたすけをしているつもりが、実は自分がたすけられていた」として、「教祖にご心配をおかけしないよう、人だすけにしっかり励ませていただきたい」と決意を語った。続いて、小川由美子京城支部開原委員部長が「今日いちにちの命ありがたし」と題して感話した。2年前に胃がんのステージ4と診断。余命宣告を受けるなか、多くの人たちが身上平癒のお願いづとめを勤めてくれたことや、励ましのメッセージをもらったことで、心を立て直すことができたと語った。また、その後の病の経過が良くない中も、日々の御用をつとめることで親神様の不思議なお働きを実感したと振り返った。そのうえで、小川さんは「これまで当たり前だと思っていたことは、すべて親神様のご守護によるものだと感じた」として、「先案じをせず、成ってくることに日々感謝して通らせていただきたい。これからも御用をつとめて明るく勇んで通り、喜びいっぱいの心で教祖140年祭を迎えさせていただきたい」と話した。◇次回は6月26日午後1時、陽気ホールで行われる。「みちのだいおはなし会」の様子を視聴できますhttps://youtu.be/3ikyT12CEpc, 【迷いがなくなったとき – 道を楽しむ10】かつて、妊娠直後の妻と生後8か月の長男を三重県内の大教会に残し、札幌市にある布教の家「北海道寮」に入寮したときのこと。入寮早々に、お腹の子に深刻な身上を頂いた。私が長期不在のなか、妻は大きな不安を抱えることになった。はるか遠く離れた地ゆえ、そばに居てやれない申し訳なさと、祈ることしかできない不甲斐なさに、私自身も苦悩にさいなまれた。ある日、教務支庁でお会いしたN先生に状況を打ち明けた。先生は「それは結構だね」とおっしゃった。私は聞き違えられたのかと思い、再び説明した。すると「だから、結構なんだよ」と。絵・内田ちよい聞くところによると、先生の奥さまはかねて体が弱く、やっとの思いで子供が授かった際に、あえて出産予定月に、先生は「おやさとふしん青年会ひのきしん隊」に入隊されたという。そんなとき、そばに居なくて大丈夫だったのかと尋ねると、「男親なんて出産のとき何もできないだろう。やっと授かった大事な子供だよ。おぢばに精いっぱい伏せ込んで、無事に生まれるよう親神様・教祖にお守りいただくのが私の役目だと思ったんだよ」と。そして「君も、それだけ大事なときだからこそ、教祖のお供をして毎日にをいがけに歩かせていただき、神様の御用に一生懸命励むのは、実に結構なことなんだ。きっと親神様・教祖に守っていただける。なんの心配もいらないよ」と、お諭しくださった。お話に感銘を受けるとともに、胸の内のモヤモヤが、すうっと消えていった。それからは一片の迷いもなく神様にもたれ、時を忘れて毎日にをいがけ・おたすけに奔走した。半年後、ありがたいことに、次男は心配された症状もなく無事に誕生した。そして、奇しくも北海道の大学へ進学し、この春、卒業させていただいた。あれから23年。私の心を支えてくれたN先生の言葉はもとより、次男の誕生に際して頂戴したご守護は、いまも私たち夫婦の信仰の核の一つになっている。中田祥浩 花巻分教会長