天理時報2023年5月24日号6面
【「ひのきしんデー」各地リポート お道のニュースで順次公開中】既報の通り、恒例の「全教一斉ひのきしんデー」は4月29日、「成人の旬 一手一つにひのきしん――日々の実践につなげよう」をテーマに各地で実施された。天理教ホームページ「信仰している方へ」内の「お道のニュース」では現在、各地からの「ひのきしんデー」のリポートを順次公開している。「お道のニュース」では、おぢばや教会、地域からのさまざまなニュースを随時発信している。その一つ「各地ニュース」では、「『立教186年全教一斉ひのきしんデー』各地リポート」と題した記事を順次アップ。一つのリポート記事で数カ所の会場の様子をまとめて紹介しており、各地でひのきしんに励む教友の姿を写真付きで読むことができる。リポート記事は2023年5月17日現在「その8」まで掲載。今後も順次公開していく予定。『立教186年全教一斉ひのきしんデー』各地リポートを見る, 【コケのとりこになった男 – 日本史コンシェルジュ】現在放送中のNHK連続テレビ小説『らんまん』。主人公のモデルは「日本の植物学の父」牧野富太郎。50万点もの植物を発見して、それらの名付け親になった人物です。この富太郎と肩を並べる天才が、コケの分野にも存在します。宮崎県日南市出身の服部新佐です。東京帝国大学(現・東京大学)理学部植物学科へ進学した新佐は、顕微鏡で覗いたコケの美しさのとりこになります。大学院を卒業後、東京科学博物館(現・国立科学博物館)でもコケの研究に当たりました。その後、彼は父の願いを渋々受け入れ、帰郷して家業を継ぎますが、このとき交換条件としたのが、小さな研究所をつくり、家業の傍らコケの研究を続けることでした。こうして新佐は、世界唯一のコケ類専門研究機関「服部植物研究所」を設立。終戦の翌年のことです。日本には約2千種のコケが存在するそうですが、当時の日本のコケ研究は、欧米より100年は遅れているといわれており、海外の研究者が来日しては採集して持ち帰り、新種として発表していました。こうしたなか、新佐はまず南九州に分布するコケ類の種類を明らかにすると、調査範囲を広げ、日本をはじめアジアに分布する多くのコケ類の体系を完成させたのです。昭和27年、かねて親交のあった高木典雄・名古屋大学教授から植物の標本が届きました。北アルプスの餓鬼岳で採集した未知の植物がコケではないかと言うのです。新佐が顕微鏡で覗くと、確かにコケのように見えますが、その特徴はコケとは異なっています。「これは一体なんじゃもんじゃ?」ということで、「ナンジャモンジャゴケ」と名付け、研究所の標本庫に納めました。4年後、今度は白馬岳で同じ植物が見つかりました。この得体の知れない植物の研究を重ねた末、新佐はついに造卵器と呼ばれるコケ類特有の生殖器官を見つけます。そうです、新種のコケと判明したのです。昭和33年、服部植物研究所は”ナンジャモンジャゴケ”と正式に命名し、世界に向けて発表しました。その後、ナンジャモンジャゴケは北海道、ヒマラヤ、ボルネオ、北米などでも発見され、服部新佐の偉業は、世界のコケ研究者たちの間で「20世紀最大の発見」と称えられました。欧米のコケ研究に大幅に立ち遅れていた日本で、この偉業が成し遂げられたことは、感慨深いですね。, 【初代の“ようぼく美容師”として – 読者のひろば】土田優子(78歳・石川県七尾市)2カ月ほど前、古くからつながりのある教友と久々に再会しました。懐かしい昔話に花を咲かせるうち、おぢばへ帰りたいとの思いが強まり、先月、およそ1年ぶりに帰参しました。未信仰の私がお道の教えを知ったのは50年ほど前。当時、家庭内での人間関係のもつれから八方塞がりの状態に陥り、落ち込む日々を送っていました。そんななか、近所に住んでいた布教所長さんが、悩みを聞いてくださったのです。その後、布教所長さんの勧めで、当時勤めていた美容院の仕事に都合をつけて修養科を志願しました。修養科では、お道の教えや教祖のひながたを学びつつ、ひのきしんに精を出す中で、塞ぎ込んでいた心が徐々に前向きになっていきました。そして修了を前に、生涯お道を信仰していく心を定めました。その後、美容師として復職。現在は、お客さんからの個人的な悩み相談に乗る中で、お道の教えをもとに、自身のたすかった経験などを伝えています。身上を健やかにご守護いただく限り、今後も”ようぼく美容師”として、信仰初代の私にできるにをいがけ・おたすけを意識して、末永く仕事を続けていきたいと思います。, 【親戚114人おぢばで団欒 – 読者のひろば】江川定徳(44歳・和歌山市)先日、親戚が全国各地から親里に集い、団欒のひと時を過ごした。きっかけは、先ごろ発布された「諭達第四号」の「親から子、子から孫へと引き継いでいく一歩一歩の積み重ねが、末代へと続く道となるのである」の一節だった。「諭達」を拝読する中で、高祖父母から始まったわが家の信仰は、親々が折にふれて教祖のひながたや教えの素晴らしさを伝えてくれたおかげで、私や子供の代にまで信仰が伝わっていることに感慨を深くした。そのとき「親戚一同で集まり、親々がつないでくれた、わが家の信仰に感謝する場を設けたい」と思った。当日は、詰所を会場に、赤ん坊から80代まで114人が集まる盛大な催しとなった。皆から話を聞くと、大人も子供も各地で教えを求め、御用に励んでいるとのことだった。子供たちに普段どのように信仰を伝えていけばいいのか悩むことが少なくない。しかし、今回のおぢば帰りを通じて、共に次世代へ信仰を伝える親戚がいることを実感し、心強かった。これからも、私たちに道をつないでくれた親々に感謝するとともに、子供たちに信仰の素晴らしさを伝えていく思いを新たにした。