天理時報2023年3月29日号3面
【家事と育児で自由な時間がない – 人生相談】Q. 4歳の息子と2歳と0歳の娘を育てています。普段の家事に加えて、毎日付きっきりで面倒を見るのが正直つらいときがあります。たまにはのんびりしたいと思ってしまう私は、母親失格なのでしょうか?(30代女性)A. 子供の年齢を拝見すると、子育てに時間と労力が一番必要とされる時期ですから、休みが欲しいと思うのも当然です。家族や親族、子育て支援に頼りながら、自分のペースで子育てができれば理想なのですが、残念ながら日本の児童福祉はまだまだ発展途上にあるので、思うような支援を受けられないのが現状です。ここでは、自分で子育てをどう“運用”していくかをお答えします。子育ては、世話取りとしつけの二つに分けられます。世話取りは、授乳や食事、おむつの交換、入浴、寝かしつけなど、衣食住を中心とした毎日の生活に関わることであり、一定量減らすことが難しい分野です。一方のしつけは、子供に良い行動を教えて身につけさせる教育です。これに成功すれば、さまざまな問題行動を大きく予防することができます。あなたの場合、4歳の子供のしつけがうまくいけば、子育ては格段に楽になります。効果的なしつけの基本は、前もって正しい行動を教え、練習し、それができたらたくさん褒めることです。3人の子供は近い将来あなたの力になり、助けてくれるようになります。希望を持って、この教祖140年祭活動の“旬の風”を受け、親神様・教祖にお連れ通りいただきましょう。回答者:堀健一(家庭支援プログラムアドバイザー・晃栄理布教所長), 【親里の学び舎から巣立つ】学生、生徒、児童たちが、それぞれの学び舎から巣立つ門出の春――。親里管内の卒業式は3月20日、天理小学校の卒業式をもってすべて終了した。幼稚園から大学・大学院まで管内11校・施設の卒業生総数は1880人。今年4月に天理大と統合する天理医療大学は3月12日、最後の学位授与式を挙行した。天理医療大学で最後の学位授与式最後の学位授与式では、計92人が学位記を授与された(3月12日、天理医療大で)昭和42年、天理よろづ相談所「憩の家」付属の専門学校として開校した、天理高等看護学院(のちの天理看護学院)と天理衛生検査技師学校(のちの天理医学技術学校)を源流とする天理医療大学。平成24年、両校を母体とする学校法人天理よろづ相談所学園「天理医療大学」が設立。お道の信条教育に基づき“看護・医療ようぼく”を育成してきた。同大からは、これまでに看護師570人、臨床検査技師219人が輩出。今年4月、天理大との統合に伴い、天理大「医療学部」として新たなスタートを切る。◇3月12日に挙行された第8回学位授与式では、医療学部看護学科68人、同臨床検査学科24人が学位記を授与された。席上、あいさつに立った中田善亮表統領は「人に尽くすことを自らの喜びとする」という建学の精神と、天理医療大の沿革にふれたうえで、病気やけがの悩みの根本である心の部分をしっかりと見つめ、病む人に寄り添い、信頼と安心を得てもらえるような看護師、検査技師に育つよう求めた。そのうえで、同大が来年度から天理大学医療学部として再スタートすることに言及。医療ようぼくとしての使命を有することに変わりはないとして、「これまでの歴史のうえに、さらなる歴史を積み上げていただきたい」と期待を述べた。式後、学科ごとに成績優秀者への表彰やセレモニーを実施。最後に、本部神殿でおつとめを勤めた。, 【天理教おぢばがえり団参券(JR)、近鉄・阪神団参券の変更について – 輸送部】この春に予定されているJR各社のダイヤ変更・料金改定、近畿日本鉄道の運賃改定ならびに阪神電気鉄道のバリアフリー料金導入に伴い、「天理教おぢばがえり団参券」(JR団参券)、近鉄・阪神団参券も料金等が変更となります。変更が生じる区間や変更日等はこちらからご確認ください。, 【令和の短歌ブームに思う – 視点】「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」。この歌で知られる俵万智の歌集『サラダ記念日』は、昭和62(1987)年に出版され、280万部のミリオンセラーとなった。それから35年経った令和のいま、和歌(短歌)が若者を中心に再びブームになっている。『サラダ記念日』出版の同年に始まった東洋大学主催の「現代学生百人一首」には、昨年、過去最多となる7万8千首以上の応募が国内外の学生からあった。また、出版不況のなか、岡本真帆の『水上バス浅草行き』をはじめ、若手歌人の歌集がしばしばヒットしている。背景には、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の存在がある。SNSへの投稿は、雑誌や新聞などの歌壇よりも敷居が低いようだ。すぐに「いいね」で反応を知ることができ、限られた文字数で発信する点でも、SNSと短歌の親和性は高く、自作の歌をネット上に投稿する若者が増えているという。また、和歌が時代を経て幅広い層に親しまれてきたのは、31字という小さな形式による作りやすさと覚えやすさにある。だからこそ、雅な王朝世界にとどまらず、武士や庶民に教養を与え、茶道や狂言等の技芸を教え、商売の心得を垂示するためにも用いられた。古典和歌からの脱皮を図った明治以降の近代短歌作家も、圧倒的多数が五七五七七の音数定型を維持した(浅田徹著『和歌と暮らした日本人』)。表現される場面や言葉が現代的になったとしても、いまなおその形式が踏襲されている。さて、明治2年から執筆された「おふでさき」は、「耳に聴くだけでは、とかく忘れがちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教」(『天理教教典』)である。それはまた、「何人にも親しみ易く、覚え易いようにと、歌によせてものされた」(同)ものであり、五七五七七の和歌体をもって教示されている。初めて教えを聞く当時の人々への親心をあらためて感じるとともに、私たちも日ごろから「おふでさき」に親しませていただきたい。(三濱)