天理時報2024年8月7日号3面
【韓国伝道庁長に吉川万寿彦氏 – 新任】7月26日のお運びで、韓国伝道庁(大韓民国金海市)の16代庁長に吉川万寿彦氏(57歳)がお許しを頂いた。【吉川氏略歴】昭和42年3月16日生まれ。平成4年本部青年。22年別席取次人。23年本部准員。25年学生担当委員会委員長。30年本部員。就任奉告祭は10月9日。, 【本部人事(立教187年7月26日)】御用方室おはこび掛主任浜田徳男立教187年7月26日, 【世界各地からぢばに伏せ込み – インターナショナルひのきしん隊】おやさとふしん青年会ひのきしん隊結成70周年記念青年会本部(安井昌角委員長)は2024年7月18日から24日にかけて、海外の青年会員を対象とする「インターナショナルひのきしん隊」を実施。アメリカ、ハワイ、ブラジル、コロンビア、イギリス、台湾、韓国の7カ国・地域から計54人が参加した。おやさとふしん青年会ひのきしん隊の“特別隊”として結成される同隊は、海外の青年会員が、ぢばに真実を伏せ込むとともに、相互交流を図ることを目的とするもの。コロナ下で開催を見合わせていたが、おやさとふしん青年会ひのきしん隊が今年、結成70周年の節目を迎えたことを記念し、5年ぶりに実施された。18日の入隊式を経て、19日から各所の作業に取りかかった隊員たち。「こどもおぢばがえり」の行事会場の設営や、奈良県御杖村の蛇谷山での木出し作業などに当たった。木出し作業に精を出す海外の隊員たち(7月20日、奈良県御杖村で)また夜には、青年会本部が取り組んでいる「教えに基づく対話」や、月次祭まなびなどが宿舎の第100母屋で行われた。なお、期間中、中山大亮青年会長も出動。隊員たちと共に汗を流された。入隊者の一人、並木カイオ勇一さん(23歳・本大久野分教会本木布教所ようぼく・ブラジル)は「おぢばに伏せ込む尊い機会を頂いて、とても有り難い。お世話取りをしてくださるスタッフの皆さんは、言葉は通じなくても、私たちを歓迎する雰囲気にあふれている。こうした気づかいを見習って、相手に喜んでもらおうとする心を養いたい」と話した。前回に引き続き参加した權炯均(クォンヒョンギュン)さん(29歳・南逸教会教人・韓国)は、次の仕事に就くまでの期間に合わせて入隊したという。「仲間と共に汗を流し、声をかけ合いながら作業に取り組む中で、自然と心が勇んできた。次はぜひ、家族で帰らせてもらいたい」と語った。24日の解隊式では、中山会長があいさつに立たれた。その中で、中山会長は隊員たちの期間中のつとめを労われたうえで、「また皆さん方にお会いして、たくさんお話をさせてもらえることを楽しみにしている」と述べられた。「インターナショナルひのきしん隊」の動画をご覧いただけます。https://youtu.be/OLQWHYPpkzg, 【いつも“指示待ち”の夫に不満 – 人生相談】Q.夫婦共働きなのですが、夫は私が頼まないと家事をしてくれません。会社の同期が昇進しているのに、夫がいまも平社員なのは、きっと職場でも言われるまで動かないからでしょう。いつも‶指示待ち〝の夫に嫌気が差しています。(30代女性)A.ご主人は、頼めば家事をしてくれるとのこと。考えてみれば有り難いですね。それ以上に、ご主人には、指示待ちではなく、家事にも仕事にも自主的に、いわば積極的に取り組んでもらいたいとのこと。俗に「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」といわれます。イライラが募れば夫婦関係がこじれ、子供にも悪影響を及ぼします。それでは“夫婦仲良く、陽気ぐらし”の生き方はできなくなってしまいます。いまは教祖140年祭へ向かう、三年千日活動の大切な旬。ここは一歩進んで、あなた自身が教祖のひながたを求め、自分磨きをしてみませんか。日々の信仰姿勢として、「顔はニッコリ笑顔で、言葉は最初にありがとう、そして日々の行いはひのきしん」を心がけることを提案します。嫌な顔をせず、笑顔で通る努力をしてみましょう。そして「おかげさまで」「ありがとう」と感謝の言葉を口にし、タイミングを見て、ご主人に「こうしたら、もっといいんじゃない?」と伝えてみてはいかがでしょう。言葉と笑顔は陽気ぐらしへの親神様からのプレゼントですから、人を動かす大きな原動力となるはずです。回答者:平澤勇一(磐城平大教会長・福島教区長), 【どんな中も諦めることなく – 視点】去る秋季大祭におけるご挨拶の中で真柱様は「教祖は諦めることなく丹精された」という、ひながたに一貫した御態度について仰せくだされた。お言葉では「私たちが教祖のひながたに思いを致すときに、教祖はあのときこのようにされたとか、このように仰せになったということを思い出して、よく参考になされることと思うのであります。それはいいことなのでありますが、まず教祖は、50年もの間、どんなことが起こっても諦めることなく、丹精し続けられたということを、これもひながたとして忘れてはならないことなのではないかと思うのでございます」と仰せられる。「どんなことが起こっても諦めることなく」とのお言葉は、にわかに筆者にとって最も大事なひながたの実践目標となって、身に染みて有り難く、勇気をいただいた。そういえば、と、次のようなご事歴に思いあたる。初代真柱様の手記に「眞之亮ハ、(明治)十五、十六、十七ノ三ケ年位、着物ヲ脱ガズ長椅子ニモタレテウツ/\ト眠ルノミ。夜トナク昼トナク取調ベニ来ル巡査ヲ、家ノ間毎/\屋敷ノ角々迄案内スルカラデアル」と記されているように、この時期は、執拗なまでに官憲の干渉が厳しい。ところが、「この頃」と伝えられる教祖のご逸話には、その影響はほとんど見受けられない。現に、『教祖伝逸話篇』には200篇のご逸話が収められているが、そのうちの60篇余りが明治14年から17年ごろのおたすけ話なのである。『ひながた紀行 天理教教祖伝細見』道友社編参照召喚に来る警官に対しても、教祖は「連れに来るのも親神なら、呼びに来るのも親神や。ふしから大きいなるのやで」と仰せになって、いそいそと応じられ、御苦労先の監獄所においても、3年も収監されている皮膚病の女性のおたすけをなされている。どんなことが起こっても諦めることなく、丹精し続けられた、尽きることのない親心を嚙みしめるのである。(橋本)