天理時報2022年3月30日号3面
“祈り”テーマに四会が決起の集い埼玉教区埼玉教区(高橋慶宣教区長)は2月23日、青年会、婦人会女子青年、少年会、学生会の四会合同によるオンライン行事「FourAtionFesta—祈り」を開催、250人以上が参加した。これは、コロナ禍の影響で教区・支部の活動が相次いで中止を余儀なくされるなか、お願いづとめや感話を通じて交流を図り、今後のさらなる成人を誓う決起の場とするもの。「FourAtion」とは、教区管内の四つの会”AssociationOf4〟の造語。同教区では開催に向けて、独自に発行している月刊四会通信誌やホームページを通じて参加を促してきた。当日は、高橋教区長(立野堀大教会長)を芯に、参加者がそれぞれの場所でコロナの終息や身近な人のたすかりを願って、おつとめを勤めた。この後、高橋教区長のあいさつに続いて、各会によるアピールと感話が行われ、4人の弁士が、いま自分にできるおたすけについて語った(写真)。髙鹿剛幸・実行委員長(42歳・島渕分教会長後継者)は「普段なかなか教会へ足を運べない教友から、久しぶりにお道の話が聞けて良きかった、という喜びの声を聞いている。これからも各会の合力により、さらに成人の歩みを進めていきたい」と話した。創立130周年記念祭紀陽大紀陽大教会(上田茂子会長・和歌山市)は6日、創立130周年記念祭を執り行った。同大教会では、「元一日の信仰に立ち返りぢば一筋神一条のよふぼくへ」を成人目標とし、四つの重点項目を掲げ、成人の歩みを進めてきた。祭典当日は、折からの新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置に鑑み、参拝者をおつとめ奉仕者と各教会代表者に限定。ようぼく・信者は、それぞれの所属教会から遥遥拝した。祭典では、真柱様のメッセージを、大教会世話人の前川治夫本部員が代読。続いて、おつとめが一手一つに勤められた。この後、あいさつに立った上田会長は「親神様・教祖の思召をしっかりと心に治め、教会設立当時の勇み、先先人先生方の思いを受け継いで、これからもより一層成人させていただけるようつとめさせていただこう」と決意を述べた。(紀陽大・山田社友)「一列ろくぢ」の特別なお言葉昭和33年に出版された有吉佐和子の小説『非色』が話題になっている。当時のアメリカ社会における人種差別がテーマで、長い間絶版になっていたが、先ごろ世界中に広がった人種差別の撲滅を訴える運動(BlackLivesMatter)を機に、昨年、文庫本として復刊され、異例のヒットになっている。幼いころ外国で暮らし、ニューヨークへ留学した経験もある作者が、現地で実際に見聞きしたことをもとに書き上げた小説である。主人公は終戦直後、黒人兵と結婚した日本人女性。豊かさと自由を夢見てアメリカへ渡るも、そこで人種差別に巻き込まれていく姿が描かれる。やがて主人公は、黒人同士が職業や収入で互いに優劣を付け合う姿を目の当たりにし、差別は肌の色のみならず、誰もが持ち得る心の問題だと気づく。差別は「色に非ず」の「非色」である。これは作家自身の考えではあるが、その是非はともかく、60年前に書かれたとは思えぬ先進的な洞察に驚かされる。『稿本天理教教祖伝』には次のような記述がある。明治20年陰暦正月二十五日の夜、教祖が現身を以てこの世に現われて居られた最後の夜、教祖のお身上宜しからず、飯降伊蔵を通して伺うた処、「さあ/\すっきりろくぢに踏み均らすで。さあ/\扉を開いて/\、一列ろくぢ。さあろくぢに踏み出す(後略)」とのお言葉である。「ろくぢ」の「ろく」は「陸」のことで、高低のない平らな地面のことである。「おさしづ」には「心に掛かる事があれば、陽気とは言えん。皆んなろくぢに対して了うで。あちらが分からん、こちらが分からん。元の所より分からんから、分からせんのやで」(明治2年10月12日)とあり、ろくぢに均すには「元の理」を心に治めることが根本であると示され、さらに、「ろっくに理を持つから、ろっくに治まる」(明治28年7月13日)と、先の作家もふれたように、各々の心のありようが大切と諭される。教祖が現身をかくされる前夜の「一列ろくぢ」という特別なお言葉を、深く思案する時が来ているかと思う。(橋本)陽気ぐらしのヒント人生相談助言や指摘につい反発してしまうQ家族や職場の人からの助言や、意に沿わない指摘に対して過敏に反応し、つい必要以上に反発してしまいます。そのせいで、人間関係のトラブルや衝突が絶えません。上からものを言われるのが気に入らないのは、私の心が高いからなのでしょうか。(30代男性)Aたとえ自分のためになる助言や指摘でも、その言い方が気に入らないと感じることはありますね。言葉には、文字通りの意味内容に感情が加わるので、時には責める気持ちばかりが強く伝わってくることもあります。しかし、相手が本来伝えたいのが意味内容で、あなたが気に入らないのはその言い方だとすれば、双方噛み合いません。そのうえ、あなたが相手以上に強い言葉で言い返すと、内容よりも感情の衝突、応酬となるでしょう。もし、これがいつものパターンだとすれば、あなたから反応を変えるしかないのかもしれません。言われる前に改める、あるいは、言われたら「はい、分かりました」と、内容だけを受けとめる。何か言い返したくなったら、さりげなく席を外し、気持ちを落ち着かせましょう。神様は、あほうが望みとおっしゃいます。あほうになって、言い返しをせぬように、と。一言言われて二言も三言も言い返すのは、それが利口な返しであっても、神様の思いに沿わない姿だといえます。優しい心になることを目指しましょう。「ひとがなにごといはうともかみがみているきをしずめ」とも教えられています。言葉を使うときは、良い言葉に真実の気持ちを乗せて、相手に届けたいものですね。回答者西村和久一筋分教会長「憩の家」事情部講師身上・事情などに関する悩みをお寄せください。個人情報は厳守いたします。●〒632-8686天理郵便局私書箱30号天理時報「人生相談」係■ファクス=0743-62-0290Eメール[email protected]