天理時報2022年3月2日号6面
修養科の四季身上から成人の一歩を踏み出し第962期岸亜佳音さん26歳・千葉県松戸市・南粋分教会所属親神様を信じるようになったのは、小学4年生のときの身上をたすけられたことがきっかけでした。盲腸が破裂し、少しでも手術のタイミングが遅れれば命はなかったそうです。以後、所属教会に参拝したり、自宅で朝夕のおつとめを勤めたりするなど、家族ぐるみで信仰を深めるようになりました。大学卒業後は銀行に入行し、充実した日々を過ごしていました。しかし、昨年「不安神経症」を発症。日常生活でも目まいや動悸がするようになり、生活に支障を来すほどに症状が悪化していきました。途方に暮れていたとき、教会長の奥さまが修養科への志願を勧めてくださったのです。この声かけに親神様の思召を感じ、退職とともに修養科の志願を決意しました。機を逃さずおたすけを修養科を志願するに当たり、「教理をあらためて学び、にをいがけの一歩を踏み出そう」と心定めをしました。幼いころ、教会の方や両親が、にをいがけに励む姿を傍で見てきた経験から、私も信仰的に一歩成人したいと思ったのです。ところが1ヵ月目は、慣れないことの連続で、慌ただしい毎日を過ごしました。そんな中でも、朝夕のおつとめで本部神殿へ足を運ぶたびに、朝日に照らされる神殿や夕日に染まる神苑の美しい景色に、いつも心の安らぎを感じていました。あるとき、ふと思いつき、おぢばの景色を写真に収めて未信仰の友人たちにLINEで送ってみることにしました。すると皆、とても喜んでくれました。これまでは拒否されるかもしれないという不安から、天理教を信仰していることを隠してきましたが、親里の写真をきっかけに、自分の信仰や修養生活などを伝えることができたのです。親友のAさんも、写真を送ったうちの一人。Aさんは、私と同じ体の不調を抱えていたこともあって、修養中も気にかけてくれました。そんななか、ある日、教養掛の先生が「おたすけを必要としている人が周りに現れるということは、神様から信頼されている証し。機を逃さないように」と話してくださいました。この言葉が胸に迫り、早速、Aさんに連絡してみると、Aさんの体調はさらに悪化して会社に出社できていないとのこと。そこで、私は勇気を出して「かしもの・かりもの」の教えを簡単に説明したうえで、自らの体験を交えながら、何げない日常がどれほど有り難いことかを話しました。すると彼女は「このタイミングで話を聞けて良かった。いつ天理に連れていってね」と言ってくれたのです。苦しむAさんに少しでも役に立てたことがうれしく、親神様のお導きを身に染みて感じました。その後も、これまで以上にAさんに寄り添うことを意識するうちに、私自身の症状もピタリと止まり、安定剤を服用しなくても過ごせるという、不思議なご守護をお見せいただきました。修了後、すぐにAさんを訪ね、おさづけを取り次がせていただきました。現在、Aさんの体調は回復し、元気に働いています。私自身は、医療従事者の転職をサポートする会社に就職しました。今後も、親神様にお導きいただいた尊い経験を、多くの人たちに伝えていきたいと思います。鳴物の上達を目指し、詰所で修練に励む修養科生幸せへの四重奏元渕舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授新たな楽章へ2年前、雪が降るボストンでボロメオ・カルテットと出会ったその日から、私の演奏家としての人生が始まった。音を合わせて最初の15分で、音楽という言語が互いにピタッと合ったという衝撃はいまだに忘れられない。5年前、私が右腕の故障で演奏活動を10ヵ月間休止し、復帰してまた一緒に演奏した時も、10カ月のギャップは全く感じなかった。演奏するたびに、音楽家として生き返ったような感覚があった。1年前のある朝、目を覚ますと右半身が全く動かなかった。控えていたコンサートすべてを音楽仲間に頼み、再び休業。精密検査の結果、持病である膠原病のせいで背骨の軟骨が侵食され、首の背骨が脊髄に食い込み神経を完全に圧迫していることが分かった。治す方法はないと言われ、「おそらく5年前の右腕の故障も、このせいだったのでしょう。今あなたが腕を動かせられること自体が奇跡ですよ」と医者は言った。私はボロメーオに出会った時、いつか私がみんなの足を引っ張ることがあったら、それが私の辞める時だと心に決めてきた。ついにその時が来たのだと思い、昨年5月初め、仲間に辞める意思を伝えた。すると仲間は言った。「マイの代わりなんていらない。マイのペースに合わせて一緒にやっていこう」練習時間を短縮し、曲数を減らし、コンサートも調整した。そうしてでも一緒に弾きたいと言ってくれる仲間に応えようと、私も無理をしてでも頑張った。しかし、私の体はどんどん弱っていった。昨年最後のコンサートの翌朝、仲間が我が家に来た。「ずっとマイと演奏していきたいけど、私たちのせいでマイが弱っていくのを見るのがつらい。マイが一番いいようにしてほしい」みんな泣いていた。復帰して4年間、これが最後かもしれないという思いで演奏してきた。演奏家として、やり残したことは一つもないと思えた時、次の人生が見えた。これは私の最終楽章ではなく、教育者として新たな楽章が始まるんだと思えた。今年8月でボロメーオを退くことが決まった。演奏家として最高の2年間だっボロメオの仲間、見てくれた家族、恩師、達への感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。(終)写真=RichardBowditch