天理時報2022年2月23日号4面
信心のよろこびスペシャルSPECIAL教会住み込みのようぼく弁護士骨髄移植を乗り越え人だすけへ神戸市の森谷昌久さん(72歳・天浦分教会ひふみ布教所長)は長年、教会に住み込みながら〝ようぼく弁護士”として勤める傍ら、休日には教友と共ににをいがけ・おたすけに励んできた。その間、約20年前に骨髄移植手術を受け、奇跡的なご守護を頂くなど、数々の節を経験した。3年前に弁護士を廃業してからは、教会の御用に専従している森谷さんが、いま感じる〝信心のよろこび”とは「永らえさせてもらったこの命。人だすけに尽くして、ご恩を返したい」所属教会の神殿でぬかずく昌久は、これまで経験してきた数々の節を振り返りながら、生涯おたすけに努める決意を新たにした。中弁護士として依頼者の相談に耳を傾ける多忙な日々を送っていた。体に異変が起きたのは3歳のとき。仕事中、急に頭が痛くなり、近くのクリニックを受診したところ、別の病院を紹介された。後日、紹介先の病院で診察を受けると、「『骨髄異形成症候群』。いわゆる血液のがんです」と告げられた。長女の身上から教会に信仰2代目。高校時代、人の手だすけができる仕事に就くことを志し、関西大学法学部へ。弁護士を目指したが、司法試験を突破することができず、大学卒業後も勉強に明け暮れた。そんな生活が6年目を迎えたころ、木下範三・天浦分教会前会長(当時は会長)から修養科を勧められた。いったんは断ったが、長期にわたる”机に向かう日々”に肉体的・精神的疲労を感じていたこともあり、20歳のとき志願。勉強から解放され、何ごとも楽しく感じられた昌久は、授業やおてふり練習に積極的に取り組み、のちに妻となる伸子と出会うなど、充実した3カ月を過ごした。修了後、心身ともに回復した昌久は、新たに勉強を再開。結婚を経て、3歳にして司法試験に合格。念願だった弁護士の道を歩み始めた。「あのとき前会長に修養科を勧められていなかったら、いまの私はいない。前会長には感謝してもしきれない」38歳のとき、大阪市内に太陽法律事務所を共同設立。3人の子供に恵まれ、公私ともに充実した生活だった。ある日、一つの節が訪れる。4歳のとき、5歳の長女・昌代が「ユーイング肉腫」と診断された。病気の進行が早く、足の腫瘍はみるみるうちに大きくなった。昌久と伸子は娘の身上をご守護いただきたい一心で教会へ足を運び、たすかりを願ったが、昌代の病状は回復せず、歩くこともままならない状態に。そんななか、同教会に住み込みながらにをいがけ・おたすけに励む教友から、教会への住み込みを提案された。昌久は多忙な弁護士業をこなしながらの教会生活は困難だろうと思ったが、夫婦で相談を重ね、昌代の身上のたすかりを願って家族での教会住み込みを決めた。昌久は教会から仕事へ通い、休日にはにをいがけ・おたすけに歩いた。そんななか、一時は回復の兆しが見られた昌代が、教会に住み込んで3ヵ月後に息を引き取った。当時の心境について、昌久は「わが子を失った悲しみから、妻と涙する日々だった。しかし、教会に住み込み、大勢の方々に支えられたおかげで、つらい道中も通ることができた」と振り返る。「一日一人、おさづけを」昌久が「骨髄異形成症候群」を患ったのは、住み込んで10年ほど経ったころ。医師から病名を聞かされたとき、「大変なことになった」と思ったが、当初は比較的症状が軽く、通院しながら仕事をする生活を続けた。森谷さんは、弁護士を廃業した現在も教会に住み込み、さまざまな御用をつとめている時報歌壇植田珠實選春を待つ畝々霜の薄化粧どことなく亡き母に似ている鴻巣市三浦忠裕人間の条理ひとすじ生きた医師中村哲の利他なる精神呉市月原光政冬天へ齡わすれてハーモニカに湧き出す歓喜バッハを吹けば伊勢原市宇佐美正治紫の教旗はためく青空に佳き年であれ寅年の春甲賀市山田婦美子教会の汝のことばは胸に滲む時をり母かと思ふときあり高槻市石田たまの書き初めは元旦祭の祭文に心をこめておちかいをする天理市井上弘子病得て帰参かなわぬ身になりてまなうらに立つ神苑の朝宇部市天野敬子病棟の窓に我が家の屋根が見え明日の手術に小雪ちらつく伊勢市久保眞二冬牡丹の可憐にひらく庭園に雨粛々と年改まる福岡市山口己津夫集落に何を求めてくる鹿の夜のしじまに足跡残し熊野市福山久美子鈍色のあわいに覗く碧き空コントラストは冬天の顔八尾市伏田和子こんな時母ならきっと言うだろう「神さんは見たはります」と甲賀市咀中幸男聴き役に徹サービスに行く若き日の栄光いくたびも聞き市川市小松富子リハビリで声を掛け合いやる気だしリフレッシュしよう身体の為に所沢市三上理恵子人生おもしろいか山茶花が聞くまあまあと言えばそれでいいと言う宇佐市三好秋美睦まじく生き生かされて父と母結婚七十三年目の桜待つ春横浜市松尾三恵子選者詠食べたくないのといふ母を素麺ゆでる湯気がなぐさむ【評】三浦さん真冬の霜ではない春の薄霜がお母さまを思わす。淋しさと母を恋う気持ちをお歌に。月原さん――アフガニスタンで用水路を作り、砂漠を緑に変えた医師・中村哲。弔歌でもあります。宇佐美さん久しく宇佐美さんのハーモニカを聴いていません。早くお逢いできる日を心よりお待ち申し上げます。