天理時報2022年1月19日号3面
過ぎし1年を振り返り12月月次祭立教184年の納めの月”の月次祭が12月26日、中山大亮様祭主のもと、本部神殿で執り行われた。大亮様は祭文の中で、今年は新型コロナウイルスの感染拡大による社会生活への影響をはじめ、国際的な緊張の高まりや紛争、災害など、国内外にさまざまな事情を見せられたことを振り返ったうえで、「私どもをはじめ教会長、ようぼく一同は、過ぎし1年を振り返り、教祖のひながたに照らして反省を重ね、明けて迎える年は、親神様に一層お勇みいただけるよう世界たすけの道に邁進させていただく決心でございます」と奏上された。この後、かぐら・てをどりが陽気に勤められた。冬型の気圧配置が強まった影響で、日中の最高気温が摂氏4度となったこの日の親里。神苑では、防寒着に身を包んだ参拝者たちが、一心に「みかぐらうた」を唱和した。おつとめの後、山澤廣昭・本部員が神殿講話に立った。山澤本部員は冒頭、このたびのコロナ禍の大節は、真摯に真正面から親神様・教祖に向き合い、自らがよって立つ足元を見つめ直し、あらためて、いま自分にできるおたすけを考え、身近なところから実践し、成人を心がけることが大切だと話した。続いて、『稿本天理教教祖伝』をもとに、教祖が月日のやしろにお定まりになった立教の元一日をめぐるご事歴に言及。教祖のお口を通してお聞かせいただいた親神様の思召は、子供可愛い親心、少しでも早く子供心を成させてやりたい親心であると述べた。そのうえで、教祖の深い親心に応える道は、身近なところから徹底してひのきしんを実践することではないかと提起。「コロナ禍を経て、新たな道に歩み出そうとするいまだからこそ、あらためてひのきしんの神髄を、よく心に治めさせていただきたい」と述べた。12月月次祭は、新型コロナウイルスの感染防止対策を講じたうえで勤められた(12月26日)創立130周年記念祭亀岡大亀岡大教会(泉淳一会長・京都府亀岡市)は昨年11月21日、創立10周年記念祭を執り行った。同大教会では、記念祭に向けて「毎日定時のお願いづとめ」「毎日1件のにをいがけ」をスローガンに掲げ、部内全教会で取り組んできた。当日は、参拝者をおつとめ奉仕者と各教会代表者に限定。そのほかのようぼく信者らは、同時刻に拠点となる教会に集い、遥拝した。祭典では、真柱様のメッセージを、教会世話人の増野正俊本部員が代読。続いて、おつとめを勤めた。この後、あいさつに立った泉会長は「元一日を振り返り、初代先人に学び、たすかる元、成人できる元を見いだし、陽気ぐらしに向かって確かな道を次代につないでいこう」と決意を述べた。祭典終了後、映像による「亀岡大教会史」を上映した。(亀岡大・郷司社友)視点じっくり思案して備える年に世界がコロナ下の状況になって3年目に入った。日本では、昨年秋から感染状況が収まりを見せ始め社会に明るさが戻っていたが、年明けとともに新たな変異株が急速に拡大したことで、社会に再び不安が広がっている。筆者も今年を「再起の年に」という希望を持って迎えただけに戸惑いを隠せない。そんななか、去る1月4日、教会本部において真柱様の「年頭あいさつ」があった。お言葉の中で、4年後の立教189年に教祖140年祭を勤めること、来年はその年祭を目指しての三年千日の動きに入っていくこと、いまの時旬を考え、それぞれのつとめを果たしてもらいたいという旨をお示しいただいた。個人的な感想であるが、いまだ先行き不透明な状況であるだけに、これから全教ようぼく・信者が共通して目指すべき新たな目標をお示しいただいたことは大変心強く、大きな希望を感じている。そこで「三年千日」の意味を少し振り返ってみたい。お道で三年千日がいわれるようになったのは、教祖5年祭の3年前に示された刻限おさしづによる。すなわち「難しい事は言わん。難しい事をせいとも、紋型無き事をせいと言わん。皆一つ/\のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。(中略)僅か五十年。五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。(中略)僅か千日の道を通れと言うのや。(中略)ひながたの道より道が無いで」(明治22年11月7日)とのご神意であった。教祖50年のひながたを3年でよいから仕切って通れば、50年通ったのと同様に受け取るとの有り難いお言葉である。とかく年月を経るごとに心が弛みがちになる子供のうえを思っての親心がうかがえる。現代にひながたを通るとはどういうことなのか、三年千日にどんな心定めで臨むのか、じっくり思案して、時旬に備える年にしたい。(諸井)陽気ぐらしのヒント人生相談職場の育成方針に違和感Q入社して3年が経つ後輩が、いまだに仕事上のトラブルを頻繁に起こしています。そんな彼に対して、先輩の社員や上司は厳しく指導するどころか、いつも甘やかしてばかりいます。社内の育成方針に納得がいきません。(30代男性)A後輩社員の育成をめぐる考え方が違うのですね。仕事を大切に思うあなたは、先輩や上司の甘い態度に納得できないようです。「社員の扱いは公平に、仕事は主体的に責任を持って取り組むもの」というあなたの考えに反して、先輩や上司は「人には特性や個性があるため、仕事はみんなで協力し、支え合って進めるもの」と捉えているのでしょうか。その後輩は入社して3年も経つのに、まだトラブルが続いているのなら、この仕事に慣れるのには人一倍時間がかかる人なのでしょう。そういう人にも優しく接することができる会社は、社員を大切にする点で素晴らしいと思います。仕事覚えの遅い人は要らないといって効率や成果だけを重んじていては、職場に緊張感が漂い、社員は自分の評価ばかり気にして、働く意欲が下がりかねません。また、急な病気や事情で会社を休んだだけで首を切られるのでは、という恐れもあります。それでは安心して働けず、将来も不安です。会社という集団は、仕事の目的達成機能と集団維持機能の両面から成り立っています。先輩や上司が、その後輩を手厚く育てている背景には、あなたの知らない「何らかの意味」があるのかもしれません。それが何なのか、もうしばらく会社の方針に従って様子を見てはどうでしょうか。回答者古市俊郎福之泉分教会長公認心理師身上・事情などに関する悩みをお寄せください。個人情報は厳守いたします。●〒632-8686天理郵便局私書箱30号天理時報「人生相談」係●ファクス=0743-62-0290Eメール[email protected]