天理時報2022年1月19日号4面
特別企画新ひながたの風景をたずねて第二話・諸井国三郎ゆかりの静岡県袋井市へ逸話にまつわる地を訪ね事跡にふれて広がる情景天理岡正彦大学教田授教祖が現身をもってお働きになっていた時代、土地所で教えに導かれた人々は、教祖を慕って遠近からお屋敷に帰り集い、数々の不思議をお見せいただいた。距離をいとわず、海を越えて、たびたびお屋敷へ足を運んだ山名大教会初代会長・諸井国三郎もその一人。「新〝ひながたの風景〟をたずねて」第二十三話では、諸井国三郎にゆかりのある静岡県袋井市などを訪ねた。先人ゆかりの地を巡り明治17(1884)年1月21日、山名大教会初代会長・諸井国三郎は、3回目のおぢば帰りのために同行10名と共に遠州を出発します。翌日、伊勢へ向かう船が出る豊橋に着いた諸井国三郎は、出立の時間まで町中を散策するうちに名案を思いつき、大幅の天竺木綿を4尺ほど買い求めて、提灯屋に頼んで旗を作らせました。一行は、白地の中央に日の丸を描き、その中に天輪王講社と大きく墨書したこの「フラフ」を先頭に立てて伊勢湾を渡り、当時、多くの人々が往来していた伊勢街道を通っておぢばを目指します。そして、1月26日には丹波市の宿に一泊し、翌27日朝、6台の人力車を連ねて一路お屋敷へ向かいました。その先頭には、フラフを立てた諸井国三郎が乗っていました。途中で見張りをしていた巡査に尋問されますが、うまくかわしてお屋敷に到着します。このとき教祖は、数日前から、「ああ、だるいだるい。遠方から子供が来るで。ああ、見える、見える。フラフを立てて来るで」と、仰せになっていました。このため、旗を先頭に立てて到着した一行を迎えた人々は、教祖にはこの旗が見えていたのであるなあと感じ入ったそうです。今回の取材では、この逸話に関わる場所を1日で巡ります。まず、名古屋市の名京大教会に参拝し、おぢば帰りに使用したフラフの一つを拝見しました。白地に描いた日の丸に「天理王講社」と大きく墨書し、その左下に「遠江國真明組」と記した旗が、現在も大切に保管されています。フラフを収めた袋には、初代会長から旗を譲り受けた由来とともに、このほかにも別の旗があったと記されていました。諸井国三郎の長女・玉の覚書のようです。一文字一文字に、なんとも言えない気品と「遠江國真明組」への思いを感じます。これまで、この企画の取材を通して多くの先人の筆跡にふれる機会を与えていただきました。そのたびに強く感じるのは、直筆の文献や史料には常に、書き記された文字の情報以上に、心に響く”何か”が含まれていることです。夕暮れ時に伊勢湾フェリーに乗船。穏やかな波に揺られ、国三郎が船でたびたび渡った伊勢湾から、鳥羽方面を望む国三郎から伝わる、当時製作されたフラフの一つ(名京大教会蔵)