天理時報2021年10月6日号4面
ヒューマンSPECIAL角居勝彦さん信仰の感激”味わえる道へすみい・かつひこ1964年、石川県生まれ。調教助手、厩務員を経て2000年、調教師の資格を取得。デルタブルースでG初制覇。ウオッカ、カネヒキリ、ヴィクトワールピサ、エピファネイア、キセキなど、多くの名馬を育てる。最多賞金獲得調教師を5度獲得。21年2月、調教師を引退。お道の布教師として“第二の人生”を歩みながら、調教師時代の経験を生かして「サンクスホースプラットホーム」活動に取り組んでいる。QRコードから、JRA調教師時代の角居さんを取り上げた『すきっと』第30号の記事が読めます。「人間の体は神様からのかりものであり、心一つが我がのものであります」7月某日。炎天下のJR奈良駅前で路傍講演に立つ角居さんの声が響く。はっぴをまとい、拡声器を使って「かしもの「かりもの」の教えを説く。時折、少し間を置いて言葉を選びながら、駅周辺の歩行者に語りかける。調教師を引退し、布教師の道を志したとき、「果たして私に、にをいがけ・おたすけができるだろうか」と不安を感じた。まずは〝先輩布教師〟の胸を借りようと、村田幸喜・本部直属満洲眞勇分教会長を頼り、同教会のにをいがけ実動に参加した。「お道の教えを胸に調教師として勤める中で、数々のご守護を頂いてきた。いまは布教師としての御用を通じて、親神様の存在を目いっぱい感じている」勝利以上の喜びを知る鹿島大教会の役員子弟として生まれ、幼少から教会行事や「こどもおぢばがえり」などで教えにふれてきた。高校時代には石川教区学生会の委員長を務めた。卒業後、就職するか、祖母が設立した布教所で住み込み青年としてつとめるか悩んだが、動物に関わる仕事がしたいと、父・実敏さん(故人)の紹介でようぼくが経営する北海道の牧場に就職することになった。就職に先立ち、修養科を志願。教会長資格検定講習会前期・後期も受講した。牧場では3年にわたって〝馬づくり”の一環を学んだ。その後、調教師を目指してJRAの競馬学校へ。卒業後、栗東トレーニングセンター(滋賀県)の厩舎で本格的に調教の道へ進んだ。調教師の見習い時代、従業員同士のいがみ合いや嫉妬など、人間関係の難しさに直面。勝負の世界の厳しさも痛感した。そんななか、ほかの人の作業を進んで手伝う従業員がいた。彼の元には常に仲間がいて、馬はよく調教され、レースに勝利した。こうした経験を通じて、あらためて教えの素晴らしさを実感。自身の厩舎を開業してからは、「oneforall,allforone(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」を合言葉に、たすけ合いの大切さを従業員に伝えた。「互いを思いやる中で、厩舎の雰囲気が良くなり、結果として強い馬に仕上がっていった。お道の教えは、どんな分野にも通じると確信した」と述懐する。こうしたなか、生後すぐに厩舎に迎え入れた競走馬・ウオッカが東京優駿日本ダービー、GI)で勝利。牝馬として史上3頭目の快挙を達成すると、その後もウォッカは次々とGIレースを制していく。自ら育てた馬が勝つことはうれしかった。だが、それ以上の大きな喜びを知った。それは歴史上、稀に見る活躍を続けるウオッカの走りに、多くの競馬ファンが感動する姿を目の当たりにしたことだった。「GIレースに勝ったことよりも、ウオッカの走りを見た多くの人が感動してくださったことに、これまでにない感動を覚えた。人さまに喜んでいただくことが、何よりも自分の喜びになる。これは、教祖の教えに通じると感じた」自身の役割を見つけて一方で、勝てなかった馬や、けがで引退を余儀なくされた多くの馬を見てきた。当時こうした馬は、殺処分されるか食用になった。「馬も命ある生き物。引退した馬に、ほかの役割を与えて余生を守りたい」別席運び中の吉松さん(左)と共に街頭に立ち、路傍講演を行う(同)今年2月に調教師を引退し、布教師へと転身した角居さん。おぢば帰りの際に、教友と共に路傍講演を続けている(7月18日、JR奈良駅前で)