天理時報2021年9月19日号6面
修養科の四季夫婦揃うて〟を生涯のテーマに第953期赤羽直香さん30歳・札幌市・養樹分教会所属ようぼく家庭で生まれ育った私は信仰3代目。中学卒業後、地元を離れて7年間おぢばで過ごしましたが、なかなか神様の存在を信じられず、就職後は信仰とは縁遠い生活を送っていました。そんななか、2年前に結婚し、昨年6月、待望の第一子を授かりました。その後、夫の両親から修養科を勧められ、夫婦で志願しました。しかし始業式が迫ったある日、私はぎっくり腰を発症。いすでの生活を余儀なくされ、痛みと不安を抱えたまま修養生活がスタートしました。成させたいとの親心1ヵ月目の初旬のこと、空き時間に『稿本天理教教祖伝逸話篇』を手に取り、無作為にページをめくりました。すると、そこには「九二夫婦揃うて」というお話が載っていました。後日、夫に感想を話したところ、なんと夫も同じ日に、同じ逸話を読んでいたとのこと。この不思議な出来事に驚くとともに、これは神様からのメッセージではないかと思いました。「私の身上は、夫婦で成人させてやりたいとの親心からお見せいただいたものではないか」。そう悟った私たちは、すぐ本部神殿へ足を運び、夫婦で心を揃えて成人させていただくことをお誓いしました。以後、教えや日々の通り方を夫婦でねり合うとともに、腰の痛みが悪化するたび、身上に込められた神様の思惑について思案を重ねました。症状が一進一退を繰り返すなか、2ヵ月目には腰に加えて、あばら骨の痛みや難聴、頭痛など、原因不明の病気が体の至るところに次々と現れました。移動には車いすや杖が必要になり、自分の思い通りにならない生活を送るなか、私は「自分の心づかいが原因だ」と、自らの通り方を責め続けました。また、夫婦でねり合いを重ねれば重ねるほど、何が正しいのか分からなくなっていきました。3ヵ月目に入ると、日常生活を送れないほどの痛みに襲われ、ついに寝たきり状態に。授業への出席はおろか、修養科の辞退を視野に入れざるを得ないような状態に陥りました。そんなある日、あばら骨に、それまでとは比較にならないほどの激痛を感じ、恐怖を覚えました。幸い、そばにいた夫がすぐにおさづけを取り次いでくれたところ、不思議にも、それまでの痛みが嘘のように治まりました。それから夫婦で話し合う中で、「神様はこれまでも大難を小難にしてくださっていたのでは」と思いが至りました。そして、3カ月間ずっと支え続けてくれた夫や、いつもニコニコして私の心を救ってくれた長男など、当たり前だと感じていたことが、親神様のご守護そのものであることにハッと気づいたのです。その瞬間、負の感情はどこかへ消え、神様への感謝の思いに包まれました。その日以降、体中の痛みは日に日に和らぎ、修養科を無事に修了することができました。親神様が、私の成人に応じて身上をお見せくださったこと、そして、いままでずっとお見守りくださっていたことに気づいたとき、神様の存在をありありと感じ取ることができました。修了後、私たちは所属教会の近所で新しい生活を始めました。また現在、第二子を授けていただきました。今後も「夫婦で心を揃えること」を生涯のテーマとして、子供に信仰の喜びを伝えながら、一層成人させてもらいたいと思います。修養科生たちは朝、教養掛らに見送られながら詰所を出る幸せへの四重奏カルテット元渕舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授日を忘れないこの夏、長年親しくしている音楽仲間の娘さんがタオスの音楽祭に参加した。赤ん坊のころから知っている彼女は、2001年9月1日にニューヨークで生まれた。世界が凍りついたあの日、彼女の両親はいまにも生まれそうなお腹を抱えて、必死の思いで喧騒と悲しみに包まれた病院に徒歩でたどり着いたという。この数日前から、ヘルメットやマスクを着けた消防士が空気タンクと斧を担いで、階段を上る機械に乗っている姿をよく見かけた。聞くと、あの日に命を落とした3人の消防士の経験を自らたどることで、亡くなった勇士たちへの弔いにしているのだという。勇士たちは110階の階段を上り、命を落としたのだ。あの日、私と仲間は演奏旅行で日本にいた。世界中の空港が閉鎖され、アメリカに帰るのが数日遅れたが、出発が許されても成田空港はガラガラだった。飛行機に乗っていたのは私たちカルテットと客室乗務員だけだった。アメリカに帰った翌日、私たちは南米チリへ向かった。現地のアメリカ大使館からの要請でアメリカ文化大使に選ばれ、各地でコンサートが予定されていた。ツインタワーに突入した飛行機は2機ともボストン出発便だったので、ボストン空港は機関銃を構えた兵士で固められ、チェックインカウンターとゲートは花束で溢れていた。最初のフライトで第2ヴァイオリンのウィルがパニックを起こし、真っ青な顔で救急車で運ばれた。私たち3人は急遽、演奏曲目を四重奏から三重奏曲へと変え、飛行機は無事にチリに着いた。翌日、アメリカ大使から緊急の知らせがあり、アメリカ大使館に脅迫状と爆弾が送られたという。「文化大使のあなた方がターゲットです。一人で行動してはいけません」あれから20年。赤ん坊だった彼女が、こんな素晴らしい音楽家になっている。あの日生まれた彼女の演奏を聞きながら、20年という歳月の重みを感じた。911メモリアルグラウンド・ゼロ