天理時報2021年7月25日号1面
教史再彩“道のさきがけ”を今にモノクロームの教史の1シーンが、AIによって今によみがえる。その彩色された世界から見えてくるものは子供たちにもひのきしんの喜びを「こどもおぢばがえり」の先駆けとなる初の「おぢばがえりこどもひのきしん」が昭和2(1954)年、天理高校前グラウンドで実施された。全国各地から集まった子供たちは、夏の炎天下、土持ちひのきしんに勤しんだ。「こんどおぢばへ行ったが、みんなと一しょで本当に嬉しかった。もっと土持ちがしたかった。おぢばはいいところだなあとみんなが言っていました」(『天理時報』昭和28年8月8日号から)第1回「おぢばがえりこどもひのきしん」が実施されるきっかけは、前年の1月26日に開催された「総出ひのきしん」にある。3年後の教祖70年祭に向けて、年祭活動の第一歩として行われた”おやしき整備のひのきしん”には、約2万の帰参者が駆けつけた。翌日から連日、土持ちひのきしんが繰り広げられた。その中で、「道の子ども達にも、たとえ一荷の土でも運ばせてやりたい、その喜びを味わわせてやりたい」との機運が高まったという。早速、同年の2月には、布教部をはじめ婦人会と青年会の連名で「こどもひのきしん」が発表され、翌3月から8月にかけて約1万人が伏せ込みの汗を流した。こうしたなか、2月には「全国の道の子は勿論、教外子弟をも一人でも多く親里へ連れ帰ってその尊い理を体得させ、将来の信仰生活の基盤にさせたい」という主旨のもと、「おぢばがえりこどもひのきしん」を提唱。翌20年夏には、10万3千人の帰参者が〝一荷の土〟を運んだ。こどもひのきしんに参加した小学4年生の女の子は「この次にはお友だちをもっと沢山さそって来たいと思いました。・・・誰もが楽しそうでした」と、からひのきしんを楽しんでいる様子だった。また、小学校6年生の女の子は「えらかったけど(きつかったけれど)神さまのありがたさがわかりました」と話している。夏の「こどもおぢばがえり」は、昨年に続いて今年も中止を余儀なくされたが、少年会本部は、子供たちに信仰の喜びを少しでも味わってもらおうと、「夏休みこどもひのきしん」を提唱している(詳細は少年会本部ホームページ参照)。そして、育成者に対しては「まずは親や周りの大人たちが、子供たちと一緒に楽しみながらひのきしんをする」旨をお願いしている。6年前の「こどもひのきしん」の様子を撮った写真(上)には、大勢の子供たちと共に、もっこをかつぎ、〝一荷の土〟を喜び勇んで運ぶ大人たちの姿が、そこかしこに見受けられる。昔も今も、まずは大人たちが、親神様への感謝の気持ちを胸に、ひのきしんの喜びを味わうことが肝心であり、その信仰態度と熱い思いが、きっと子供たちの心に映るのであろう。昭和25年、第1回「おぢばがえりこどもひのきしん」で一荷の土”を運ぶ子供たち(モノクロ写真をAI〈人工知能〉でカラー化したのちデジタルで着色処理)昭和と平成のこどもおぢばがえりを、テーマソングで振り返る動画をご覧いただけます。QRコード1昭和〟QRコード2平成〟